『週刊ダイヤモンド』5月25日号の第1特集は「億万長者 カネを生む知恵」です。日本国民の実質賃金がマイナスとなる中、富裕層は世界的に拡大を続けています。歴史的な円安や金利上昇局面において、彼らは資産をいかに生み出し、守っているのか。億万長者のお金事情に迫ります。(ダイヤモンド編集部副編集長 重石岳史)


【寄稿】トランプ氏とヘイリー氏、完璧なコンビ


億万長者14人で資産300兆円
日本の国家予算規模に相当

 米誌フォーブスが今年4月に発表した2024年版の世界長者番付によれば、保有資産額が10億ドル(約1500億円)を超える「ビリオネア」は、前年比で141人増えて過去最多の2781人に達した。

 保有資産額が1000億ドル(約15兆円)以上の数も、過去最多の14人を数える。その14人の資産総額は2兆ドル(約300兆円)に上り、日本の国家予算規模に相当する。

 一方、そんな億万長者たちの“異変”も最新レポートで明らかになってきた。利に聡い金融関係者らも、そんな異変を嗅ぎ取り、商機をつかもうとしている。

 そんな億万長者は一体どのような人物たちなのか。そして、そこにどんな異変が生じているのか。次ページで明らかにする。

イーロン・マスク、柳井正、孫正義
資産10億ドル超の「最新長者番付」

 フォーブスが発表した24年版の長者番付で、2年連続で世界一の富豪と認定されたのが、仏LVMHのベルナール・アルノー最高経営責任者(CEO)だ。

 LVMHは傘下に「ルイ・ヴィトン」や「ティファニー」などの高級ブランドを持つ。コロナ禍が終焉し、人々の旺盛な消費欲に支えられ、23年12月期の売上高は過去最高を記録。大株主であるアルノー氏の資産額も、前年から220億ドル増えて推定2330億ドル(約35兆3000億円)に達した。

 2位は米電気自動車(EV)大手テスラCEOのイーロン・マスク氏、3位は米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏と、おなじみの顔触れだ。マスク氏はツイッター(現X)の買収や宇宙開発事業にも乗り出し、その勢いがとどまることはない。

 4位以下の米メタCEOのマーク・ザッカーバーグ氏や米オラクル創業者のラリー・エリソン氏、米バークシャー・ハサウェイ会長のウォーレン・バフェット氏らも、近年の株高で自らの資産を増やした形だ。世界のビリオネアの3分の2は、前年から資産を増やしたという。

 日本の富豪たちの顔触れはどうか。日本人トップのファーストリテイリング会長兼社長、柳井正氏は資産428億ドルの29位、ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏は327億ドルで51位だった。番付にランクインした日本人ビリオネアは、いずれも大企業のオーナーやその一族だ。

 スイスの金融大手UBSグループの最新レポートによれば、日本人のビリオネアは38人で世界14位。ビリオネアが最も多いのは米国の751人、2位が中国の520人、3位がインドの153人だった。

 一方、UBSグループの最新レポートは興味深いデータを示している。23年4月までの1年間で「相続」によって新たに登場したビリオネアの資産額が、起業など「自ら蓄積」したビリオネアの資産額を初めて上回ったのだ。

 資産の継承者は世界に53人存在し、資産額の合計は1508億ドル。これに対してビリオネアとなった起業家の数は84人で1407億ドルだ。

 これは次世代への資産移転が始まっていることを意味する。UBSは今後20〜30年で1000人以上のビリオネアが総額5兆2000億ドルの資産を次世代に引き継ぐと予想する。

 この“富の大移動”は、金融機関にとって商機となる。

 三井住友フィナンシャルグループで資産20億円超の顧客を担当するウェルスマネジメント統括部ブライベートウェルスグループの千崎隆史グループ長は、超富裕層には「四つの顔」があると指摘する。

 経営者の顔、株主の顔、資産家の顔、そして家族の顔だ。それぞれの「顔」が金融機関に求めるニーズは異なる。

 例えば経営者や株主としては、事業戦略や資本政策といった金融機関の法人ビジネスの領域となる。一方で資産家や家族としては、節税や相続など個人ビジネスの領域だ。

 従来、金融機関は法人部門と個人部門に分かれ、それぞれの部隊が別に動いていた。メガバンクや大手証券会社は近年、これを一体的に運用する体制整備を加速させている。千崎氏は「銀行、証券、信託といったグループの総合力がこれまで以上に問われている」と話す。

 富の大移動が進む中、UBSの調査では創業者と子や孫との間でギャップが生じていることも明らかになった。実際に資産を承継した世代の57%は、ファミリービジネスに関わらないことを選び、創業者世代の58%が、必要な教育、経験を承継者に植え付けることを最大の課題の一つと考えているという。

 実際、大塚家具や大王製紙グループ、天馬など、ファミリー内の対立が企業の分裂騒動となった例は近年多い。創業世代が引退し、継承世代との経営理念の違いが生じたり、株式の分散などで“お家騒動”は勃発しやすい。

 そこでファミリーガバナンスやファミリー憲章などの確立が必要になる。ファミリー総会やファミリー評議会の運営を支援し、紛争を避けるために家族間のコミュニケーションを円滑にするサービスも、金融機関は手掛けている。

 東京証券取引所の上場維持基準が厳格化されたこともあり、自社株を買い取って上場廃止を選ぶオーナー企業も増えている。コーポレートガバナンス(企業統治)改革で株主の声が強まったこともオーナーにとっては悩みの種だ。デジタル化や事業環境の変化で、オーナーが金融機関に相談する機会はこれまで以上に増えるだろう。

 一方、金融機関からすれば、手数料が安いオンライン取引の普及や商品のコモディティ化により、マス層向けの対面ビジネスの収益環境は悪化の一途をたどる。ならばサービスに付加価値を付け、富裕層から手数料を取るしかない。

 法人融資や証券主幹事といった“接点”は異なるが、オーナー経営者個人にいかに食い込むかというリングで銀行と証券が激突するのは必至だ。