東京五輪が開幕した翌日の24日、市村正親(72)と女優の篠原涼子(47)が離婚を発表した。1週間前に電撃離婚した石橋貴明と鈴木保奈美に続く熟年カップルの離婚とあって、世間を驚かせている。



 2人はそれぞれ直筆署名入りのコメントで、離婚に至った経緯を綴っている。

 市村は「昨年のコロナによって撮影中は家庭内感染を防ぐ事からも、別居し役者業に取り組む生活をするようになりました。しかし作品が続いたことで別居が基本の生活スタイルとなり、夫婦、親、互いに役者として、新たなカタチを考えるようになりました」と説明。

 長男(中学1年生)と次男(小学4年生)の親権については「人生の先輩である私の強い希望で、親権は私が持つことを受け入れてくれました」と、市村の申し出により親権を決めたことも明かした。

「篠原と市村の別居が報じられたのは昨年8月のことでした。当時、篠原はドラマの撮影で大勢の人と接することもあり、家族へ感染させないための一時的な処置として自宅近くのマンションで一人暮らしをしているとし、撮影が終了した8月下旬には自宅へ戻ると説明していましたが……」(女性誌記者)

 篠原は、結局そのまま夫と子ども達の元へ戻ることはなく離婚という形を選択した。結婚から15年、芸能界でもおしどり夫婦として子どもたちの学校行事にも連れ立って参加し、2014年7月市村が早期の胃がんであることを公表した際も、篠原は献身的にサポートしていた。

「18年ごろには一部週刊誌で篠原が年下男性と深夜の会食をしていた様子などがたびたび報じられていましたが、それは市村さんも承知の上でのことだったそうです。彼は結婚した時に『涼子は神様からの贈り物です。だから結婚しても彼女の自由にさせてあげたい』と話していましたから、ずっと彼女の自由にさせていたのでしょう」(スポーツ紙記者)

 篠原はコメントで「舞台俳優の市村さんからは結婚する前も、してからも学ぶことばかりで尊敬の念にたえません」と市村をリスペクトし、「この姿勢は今もこれからも変わる事はありません。私たちなりの新しい形・環境を作って参りたいと二人で話し合いました」と離婚後もその姿勢に変わりがないことを強調している。

「市村さんは昔から彼女の可能性をとても評価していて、女優としてさらに羽ばたいてほしいという思いが強いんです。コメントでも市村さんは『同業だからこそ理解し合えること、また何より私も女優篠原涼子の一ファンとして、彼女がより一層女優として輝き、母としても生きていく道を歩ませたいという思いに至りました』と女優・篠原涼子としての活躍を楽しみにしています。1年半近くの別居期間の中で、女優としてもっと仕事をしていくために、妻・母としての部分の負担を少なくさせてあげたいという気持ちが芽生えたのではないでしょうか。もちろん、子ども達も納得の上での選択だったと思います」(舞台関係者)

 市村が「私と涼子は言うまでもなく父として、母として可愛い子どもたちと繋がっています」と家族であることを強調すると、篠原も「これまで以上に母として子供たちとふれあい、話し合い力強く支えていきたいと思います」とサポートを約束する。

 だが、半ば“美談”のような離婚劇に「別の理由もあるはず」と話すのは芸能ジャーナリストだ。

「コロナ禍の感染を心配しての別居だったのに結局離婚に至ったということは、表に出ていない事情があるといえるかもしれません。過去にがんを患った70代の市村に子どもを渡し、自分は自由になる、でも今までと変わらず尊敬はしています、というのは、かなりの心境の変化がないとできないことですからね。コメントからは大人の事情を大人の市村さんが、大人になって胸に収めたというニュアンスも感じ取れます」

 いずれにしても、おしどり夫婦だったこの2人の離婚は「残念な報告」であることに変わりはない(坂口友香)