49歳で父になった登坂淳一アナが語る、2度の流産と2人娘の子育て「年の功で心にゆとりを持って娘たちを見守れる」

AERA DIGITAL6/1(日)11:30

登坂淳一さん

 フリーアナウンサーの登坂淳一さんは、不妊治療と二度の流産を経て、49歳のときに第一子を授かりました。現在、娘たちは3歳と4歳。妻との二人三脚の不妊治療を経て、いま思うこと、そして父親としての素顔について聞きました。

■すごく緊張した初めてのレディースクリニック

――49歳のとき、不妊治療を経て、二人のお子さんを授かりました。いま改めて振り返って、どのような日々でしたか?

 一年数ヵ月の体験でしたが、長女を授かるまでに二度流産を経験したこともあり、「妊娠し、出産するのは奇跡なんだな」とそれまで以上に強く感じました。結婚した年齢や「子どもを授かりたい」という思いから不妊治療を始めたわけですが、「妊娠したいと思ったらすぐに妊娠できるわけではないんだ」ということを改めて知りましたし、妻も「もっと頻繁に婦人科の検診を受けていたほうが良かったかな」といった言葉を口にしていました。

 タイミング療法を経て、人工授精はせずに体外授精に進んだのですが、着床する位置が良くなかったこともあれば、心拍が確認できなかったこともありました。その度にさまざまな検査を受けましたが、主治医には「なにが原因なのか」「どうしたら前へ進めるのか」といった質問を積極的にするようにしていました。長女を授かった後、それまでの日々を妻と振り返ったこともあるのですが、お互い感じていたのは「色々あったけれど、不妊治療は“希望のある治療”だよね」という知見でした。医療の進歩は凄まじいものがあるな、とも感じましたね。

「不妊治療は“希望のある治療”」という登坂さん(提供写真:無事に生まれたご長女)

――不妊治療を始めるにあたり、心理的なハードルはありませんでしたか。

 初めてレディースクリニックに足を踏み入れた際は、すごく緊張しました。なぜか帽子を被って行って。いま思うと意味不明ですね(笑)。ですが、いざ入ってみると、プライバシーを尊重する仕組みになっていて安心したのを覚えています。フルネームで呼ばれることもありませんでしたし、みんな思い思いにソファに座りながら順番を待っている。女性一人で来ているケースは稀で、ほとんどがカップルで来ているようでした。

妊娠中の登坂さんの奥様(提供)

 最初に看護師さんからレジュメを配られ、レクチャーを受けるのですが、「不妊治療は夫婦揃って行うことが大切」と強調されました。検査の結果、妻が採卵をしたり、内服薬を処方してもらったりと負担が大きくなったのですが、妻が「なんのために薬を飲まなければいけないのかわからない」という状態にはしたくなかった。疑問点があれば僕からも主治医に質問をするようにしていました。

 最初は、帽子を目深に被り、挙動不審になりながら入ったレディースクリニックですが、不思議と慣れていくものです。妻が治療を受けている間は、外が見える窓際のお気に入りの席に座り、色々な方の体験談を読んだり、ときには「今日はいくらかかるのだろうか」など現実的なことを考えたりして過ごしました。

■「子どもを授かりたいと思っても簡単にはいかない」

――一年数ヵ月の間で、心が折れそうになったり、ご夫婦で感情をぶつけ合ったりするようなことはなかったですか?

 二度目の流産がわかったときは、お互いに「なんでだろうね」「難しいね、やっぱり」という気持ちになり、実際にそんな言葉を口にしていたと思います。僕よりも、妻の方が精神的にダメージを受けていたので、なんとなく「二人で気分転換をしたいな」という気持ちになりました。

「お腹が空いた」と妻が言ったので、通っていたクリニックが札幌にあったこともあり、「じゃあ、お昼はお寿司を食べに行こう」と。お気に入りの店で、思う存分食べました。その後、「まだ食べられるよね」とどちらともなく言い出し、冬だったこともあり、「味噌ラーメンはどう?」と。食べている時間はその美味しさに夢中になり、少しだけ気分が和らいだことを覚えています。心を完全に癒やすことはできないかもしれないけれど、現実を自分たちのなかで受け止め、消化する時間が必要だったのだと思います。

――不妊治療を取り巻く環境について、「もっとこうなればいいのに」と感じることはありますか。

 いま不妊の検査や治療を受けたことがあるカップルの数は4.4組に1組いると言われています。男性も女性も日々忙しなく、知らず知らずのうちにストレスを抱えながら生きているなかで、「子どもを授かりたいと思っても簡単にはいかない」という厳しい現実もよくわかりました。悩んでいる人たちはたくさんいると思います。

「娘たちには振り回されています(笑)」という登坂さん(提供写真)

 自分が経験するまでは、「僕たちは少数派だ」と思っていた節がありましたが決してそんなことはなかった。「行きづらい」「人の目が気になる」といったような風潮がまだ日本社会にあるのだとしたら、「風邪をひいたら内科に行く」のと同じように、決して特別なことではなく、もう少し当たり前のアクションとして捉えられるようになればいいな、と思います。

 同時に、人の身体や「人体」そのものを学ぶことも大事なことなのだな、とも感じました。一人一人が自分の身体の状況について、知りたい、知っておこうと思うこともすごく大事なことだと思います。

■周囲には同年代の“シルバーパパ”も多い

――現在、娘さんは3歳と4歳。登坂さんは、普段はどのような父親ですか?

 娘たちには「なんでも思い通りになるパパ」だと思われていると思います。要は、振り回されていますね(笑)。子育てって、基本的に大変なもの。大変さの種類はご家庭それぞれで違うと思いますが、「“大変さ”がない状態はない」と思います。だからこそ、子どもが生まれてからは「スマイルを顔のデフォルトにしよう」とは決めていました。

 49歳で長女が生まれたこともあり、「年の功」と言いますか、少し心にゆとりを持って娘たちを見守ることができるのは、年齢を重ねてから子どもを授かることの良さの一つと言えるかもしれません。周囲には同年代の“シルバーパパ”も結構いるので、「若いパパたちのなかで孤独を感じている」という感覚もないですね。

――父親になり、「自分は変わったな」と思うことはありますか?

 そういえば、娘たちが生まれてからは自分の服はほとんど買っていないですね。動きやすければなんでもよく、クローゼットにあるものを順番に着ていく。そんな感覚です。

 昔は、そのときに自分が食べたいものを自分の分だけ作るような生活をしていました。ですがいまは、妻や娘たちが喜んでくれるものをまとめて作ることが多くなり、つい先日もストック用にミートソースをたくさん作ったところです。優先順位が完全に変わり、自分のことが後回しになっている。でも、それが決して苦ではないんですね。それこそが子どもが生まれてからの自分のなかでの大きな変化かな、とつくづく感じる日々です。

(構成/古谷ゆう子)

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6/17(火) 12:51更新

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