退職を決意した医師が明かす リアル「白い巨塔」の真実

退職を決意した医師が明かす リアル「白い巨塔」の真実

 テレビ朝日開局60周年記念ドラマスペシャルとして、5夜連続で放送中の「白い巨塔」。山崎豊子の同名小説が原作で、小説は1960年代に執筆されています。舞台となっている大学の医局は、いまどうなっているのでしょうか? 京都大学医学部特定准教授の大塚篤司医師が、現代の医局について語ります。

*  *  *
 私は覚悟を決めて教授室に足を踏み入れました。

「失礼します」

 応接間にある革張りのソファの横で背筋を伸ばし、教授が奥から現れるのを待ちます。

 スーツの内ポケットに忍ばせた辞表届が鼓動とともに震えているのがわかります。

 デスクからゆっくりと現れた教授は早口で一言。

「じゃあ、大塚くん。〇〇先生のところに移って」

 え?

 大学病院には白い巨塔と呼ばれる組織があります。医局と呼ばれるものです。医局には多くの医師が在籍します。教授を頂点に、准教授、講師、助教といわゆるスタッフの医師がいます。医局を代表する教授は1人ですが、准教授や講師は数人いることがあります。助教も何人かいます。医局長は、教授以外のスタッフが併任で担当します。スタッフの下には、医員と呼ばれる医師や、大学院生、研修医など数多く存在します。

 医局員は大学病院の中だけにいるのではありません。関連病院とよばれる、医局から医師を派遣している病院がいくつも存在します。一般的には、大学病院がある都道府県内に関連病院がありますが、大都市の大学病院となると違います。都道府県を越えて、都会から田舎まで広い範囲で関連病院が存在します。

 医局は会社とは全く違います。私が医局に入るとき、契約書にサインをした記憶がありません。大学病院を離れ地域の関連病院に修業に出た際も医局に所属していましたが、なにも契約のない状態でした。医局からお給料が出ることも当然ありません。ただ所属している。医局とはとても不思議な集団です。

 山崎豊子原作のドラマ「白い巨塔」では、教授を頂点とする医局のゆがんだ封建社会を描いています。気に入らない者を自由に遠くへ飛ばすことができる強力な人事権。教授が持っている絶大な権力を手に入れようとする者、それにあらがう者。私がドラマで見た「白い巨塔」は、唐沢寿明さんが財前教授を演じ、江口洋介さんが里見先生を演じたものでした。ドラマを見て、患者さんのために権力に立ち向かう里見先生の姿に感動しました。

 私が入った医局の教授は、「白い巨塔」そのもの・・・・・・とはかけ離れた人でした。

 すでに退職し名誉教授になっていますが、一緒に仕事をしていたときを思い出すと、怒られた記憶がありません。ドラマで見るような声を荒らげる場面など一切ありませんでした。

 学歴で差別しない。私のような地方大学出身の医師でも、努力し結果を出せばきちんと評価してくれました。

 男女差別もしない。男性女性関係なく、医師の能力で役職を決めていました。

 ドラマでみるところの教授っぽさといえば、かっぷくのよいところだけでした。重鎮とは思えないほどの人当たりのよさをもつ教授でした。

 私は医者になって、ある時期、体調を崩して休んでいました。過労と人間関係で心を壊し、働けない時期がありました。これ以上まわりに迷惑をかけるわけにはいかない。退職届を持って教授室のドアをノックしたのが冒頭の出来事です。

「〇〇先生のところに移って」

 教授の一言はいじわるではありません。私が単に環境が合っていなかったことを見抜いていたのです。

 皮膚科医そのものをやめようとまで思いつめていた私は、教授の一言で救われました。

 環境が変わることで、私は徐々に本来のペースを取り戻し、臨床に研究と幅広く仕事をこなせるようになりました。

 現代の医局に「白い巨塔」のような絶大な権力が集中しているかは疑問です。少なくとも私が所属している医局には、そういった権力はありません。

 私を苦境から引っ張り出してくれた前任の教授が医局をまとめていた力は、教授の魅力そのものです。現在の教授も圧倒的な人間力で組織をまとめています。

「白い巨塔」を思い浮かべると、教授の政治的なスキャンダルに目がいってしまいます。実際に一緒に働いてみると、本当にすごいのは教授の実力です。

 前任の教授(宮地良樹名誉教授)は、皮膚科の教科書を200冊以上書いている猛者です。その名誉教授の専門分野を私はいまだによくわかっていません。なぜなら、皮膚科のすべての領域をカバーしているからです。講演が抜群に上手で、なんど聞いても名誉教授の話は感銘を受けます。

 現在の教授は、皮膚免疫の分野で世界的に有名な医師であり研究者です。世界中の皮膚科医が知っています。100キロ以上のウルトラマラソンを週末に走り、翌日からケロッと海外出張にいってしまう化け物です。

 すごい人のすごい話というのはあまり面白くなく、「白い巨塔」のような出来事のほうが物語になりやすいのだと思います。

 みんなとは言いませんが、人間味にあふれ、抜群の能力と実績をもった教授は日本全国にいます。ドラマ「白い巨塔」の影響で、どうしても教授はみんな悪役にみえてしまいます。昔はきっとそういう教授が目立ったのだと思います。私にとって「白い巨塔」は、圧倒的な実力で越えることができない壁。目の前には2人の偉大な教授が立ちはだかり、一生越えることができない目標として今も存在しています。


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