葬式ではなく死者の体を食べる「生命式」…村田沙耶香の新作

葬式ではなく死者の体を食べる「生命式」…村田沙耶香の新作

 文芸評論家の清水良典氏が選んだ“今週の一冊”は『生命式』(村田沙耶香著、河出書房新社、1,650円※税抜き)。

*  *  *
 まず冒頭の表題作が、のっけからパワー全開の破壊力で読者を出迎えてくれる。会社の同僚が急に亡くなり「生命式」が行われることになった。死者の体をみんなで食べるのである。さらに気の合った男女が式場を抜けて「受精」をおこなう。あとには白い精液が落ちている。30年ほど前まではお葬式をしたが、今ではこれがスタンダードになってしまったという。

 30代半ばのOL真保は、幼いころ身に染みた「常識」がまだ残っていて、人肉食に抵抗がある。その本音を語り合える男性がいた。世界は鮮やかな蜃気楼、一時の幻だと、彼は真保を諭す。ところが、その男が交通事故で急死して、生命式が行われる。ここからが圧巻のクレッシェンドとなる。男は自分が食べられるときのレシピを残していた。鍋、カシューナッツ炒め、角煮──。

 続く「素敵な素材」では、死後の人体のリサイクルが浸透した社会が描かれる。人毛の服、骨の指輪、大腿骨の椅子、頭蓋骨の皿等々。それを「残酷」で「死への冒涜だ」と嫌がる婚約者を、「私」は懸命に説得する。死んだ人の身体を無駄にしないように活用するのは素晴らしいことで、捨てる方が冒涜ではないか、と。

 気の弱い読者は、この2作で逃げ出したくなるかもしれない。しかし、そういう私たちの内部の常識と良識を、不確かな前提として本書の作品たちは書かれているのである。

 人工的な健康食品のヘビーユーザーである「私」と、空想上の異世界の食物を創作する妹、そこに食虫趣味の夫婦が加わって食事会をする「素晴らしい食卓」。少女が大手町で拾ってきたおじさんをペットにして裏山の小屋で飼っている「ポチ」といった作品も異様だが、そこにはどこか、根拠の脆弱な私たちの理性が覆される一種倒錯的な快感がある。

 死と生、食と性、愛と幸福、あらゆる文化価値は「一時の幻」になりえる。その価値体系をどんどん別の異形の体系へ変換する冒険を、飽くことのない遊戯のように著者は試みつづけているのだ。本書には、その多彩な変換操作のバリエーションが並んでいる。それを読んでいくことは、刺激的な脳内スポーツの観がある。

 著者の愛読者なら、長篇に組み込まれた素材をあちこちに発見できるに違いない。たとえば名前を付けられ愛されるカーテンの物語「かぜのこいびと」では『タダイマトビラ』が、幼い体つきの少女が小学4年でキスを、中学1年でセックスをしたと告げる「魔法のからだ」では『地球星人』が思い出される。

 10年のスパンを持つ本書の収録作品には、文章のテイストにほとんど変動がない。2009年の作品「街を食べる」は、日本橋で勤めるOLが、父の長野の実家での自然に囲まれた食生活を取り戻そうと野草を食べ続けるうちに、街そのものを食べている感覚に陥る物語。現代の都市生活と素朴な自然生活との異文化対比に、すでに価値体系の変換が始動している。これが最新の作品と言われても驚かないだろう。

 危険な劇薬にまじって、滋味と詩情があふれる短篇もある。むしろ私にはそれが発見だった。たとえば女性の友人同士が「家族」として暮らし、子供も共有して育てる「二人家族」など、リアルに共感できる生き方である。眠らない国にやって来た女の子の話「大きな星の時間」は、なんてチャーミングなメルヘンだろう。

「私たちはまだ危うくて、だから、強い言葉とか、世界を支配している大人の作った価値観に、簡単に突き飛ばされてしまう。そのたびに、私たちは呪文を唱えて、自分の身体を自分のものにしてあげないといけないんだ。」(「魔法のからだ」)

 価値観の牢獄から抜け出す「呪文」が本書には詰まっている。

※週刊朝日  2019年11月15日号


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