「首下がり症」をご存じだろうか。首下がり症候群とも呼ばれ、首が前に垂れ下がってしまう症状。意識をしなければ顔を上げることができないため、日常生活にも支障が出る。予防が何より大切で、栄養(たんぱく質)不足に要注意。適度に体を動かし、同じ姿勢を避けるだけでも違うという。



 人はつらいときこそ顔を上げ、前を向く。故・永六輔さん作詞の名曲「上を向いて歩こう」そのものだ。しかし、心も体も前を向きたくても、首が上げられずに、そうできない人がいる。「首下がり症」に悩む人のことだ。

 東京都在住の80代の女性。高齢者施設に入った翌月に、「首下がり症」になっていたのを対面した家族が発見した。

「顔を、上げてみて」

 家族が声をかけると一瞬だけアゴを上げるが、次の瞬間にカクンと垂れ下がる。ずっとうつむく姿には生気が感じられず、家族のほうが気落ちしてしまった。

 周囲も後ろ向きになってしまう症状なのだ。

「首下がり症」に詳しい東京医科大学整形外科准教授の遠藤健司さんに話を聞きに行った。遠藤さんは自身が肩こりに苦しんだ経験から、『肩・首・腰・頭 デスクワーカーの痛み全部とれる 医師が教える最強メソッド』(かんき出版)ほか、多くの著書でこりの解消法を発信している。

「『首下がり症』は、一般的には首と背中の間にある筋肉の筋力低下により起きるものです。ひどくなると信号で渡り切ることができず、外出もままならない。『動作維持困難症』とも表現されます。アゴが胸にくっついた姿勢となるため、『チン・オン・チェスト(chin on chest)変形』という呼び名もあります」

「筋肉」に問題があって発症するため、「骨」や「関節」が変形する「後わん症」と違い、「柔らかさがある首」で、仰向けで横たわるとまっすぐになるのが特徴だ。

 どういう人がなりやすいのか。

「75歳以上の女性が一番多く、栄養(たんぱく質)不足も問題です。年をとり、痩せてきたという人は男女ともに危険因子があるといえます」

 年齢変化によるものが大きいので、高齢者に多いが、50代の患者も少なくないようだ。

「初期は肩こりのような違和感に始まり、だんだん頭部が重く、前にかがんだような状態になります。頭を無理に押し上げようとすると、首や背中に痛みを感じます。こうなるとQOL(生活の質)が著しく低下し、歩行に問題が生じたり、ごはんをのみ込むことや、呼吸さえも苦しく感じるようになったりします」

 恐ろしいのが3割程度が「突然発症型」という。「朝起きたらなっている。だからみんな驚くんです。目覚めて『あ、頭が上がらない』と」

 症状が出たらすぐに対処をするのが望ましい。

「でも多くの人が『首下がり症』そのものを知らないので、病院になかなか来ないのです。半年も過ぎてしまうと首の付け根にある筋肉が断裂・変性をし、脂肪となってそれが線維化してしまう。そうなると元に戻すのが厳しくなります。また、原因が、加齢以外の場合もあり、パーキンソン病や脊髄(せきずい)小脳変性症などの脳の病気由来や、内分泌疾患、薬剤由来の場合もあるので、疑わしいときは専門医への相談が必要です」

 冒頭で紹介した80代の女性、実は記者の母親だ。1カ月ぶりの対面がこの姿だった。

 とりあえず整形外科に行ったが、頸椎の多少の異常を指摘された以外はこれといった処置はなく「患部を温めて、意欲を高めてください」で終わった。上を向けないこんな状態でどうやって意欲を高めればいいのか。

 周囲に聞いてみると、「首下がり症」に悩んでいる人が意外と多いことがわかった。対処法を特集記事で広く伝えたいと考えて、遠藤さんに取材を申し込んだのだ。

 遠藤さんは対処法として、こう話す。

「まずは栄養と運動です。サルコペニア(全身の筋肉量が減少すること)にならないように気をつけてください。運動ができない人は大股で歩くだけでもいい。手を大きく振って胸を広げて肩甲骨を動かしながら歩きましょう。首ではなく、肩を回しましょう」

 遠藤さんのところにやってきた患者の一人は、「入院して病院食をとっているうちに首が治った」という。カロリーは摂取していても必要なたんぱく質が足りていない人は多い、という。高齢者は特にたんぱく質を意識的にとろう。どのような運動がいいのか。

「首下がり症の改善で大事なのはお尻、骨盤です。骨盤から姿勢を正さないと、首は安定しません」

 姿勢を正すだけでは不十分で、同じ姿勢を続けないことがポイントだという。おなかを引っ込めて骨盤を後ろに倒して座る(仙骨座位という)のを、上半身を立てて座骨を座面につけて座る(座骨座位)のに15分に1回座り直すだけでも背骨への過度な負担を減らし、効果的だという。

 また、マッサージをするときは、むくみをとるようなソフトなマッサージやストレッチがおすすめ。強すぎると筋肉を傷つけて、さらに硬くなって悪循環だという。

 遠藤さんが勧める簡単な運動を二つ紹介する。右上の図を見ながら、ぜひやってみてほしい。

 東京・田端にある首・腰の痛みや手足のしびれ治療専門の「東京脊椎クリニック」院長の梅林猛さんにも話を聞いた。

「高齢者の増加とともにこの疾患に悩む人も増えています。筋肉をつけ、骨を強くすることが最優先。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)対策をしっかり行って、骨折をしないようにすること。骨折をすると体のバランスも崩れます。転倒が引き金になることも考えられる疾患だからです」

 ベストセラー『ねこ背は治る! 知るだけで体が改善する「4つの意識」』の著者、小池義孝さん(一義流気功治療院院長)は、深呼吸をすることで骨盤のゆがみや肩や首のこりが改善した例もある、と著書の中で紹介している。心を整え、体に意識を向け、気負いすぎずに深い呼吸で体を動かしていく。これが首下がり症の予防のカギのようだ。そして、たんぱく質もお忘れなく。(本誌・大崎百紀)

※週刊朝日  2020年12月4日号