私学の雄と言われ、社会的評価が高い慶應義塾大と早稲田大。社会人を対象にしたアンケート調査では、「自分の子どもに入学してほしい大学」「人事採用担当者なら気になる大学」としてつねに上位に名前が挙がる両大学だが、その順位がこの数年で逆転している。なにが起きているのか。



*   *  *
「驚きですね、いつの間にか早稲田が上になっているというのは」

 こう話すのは、大学通信の安田賢治常務だ。大学通信は毎年、全国の社会人1000人からのアンケート回答をもとに「社会人からの評価ランキング」をまとめている。インターネットで大卒の公務員と会社員計1000人に、調査項目ごとに3つの大学を挙げてもらい、回答順に3〜1ポイントとしてランキングを集計している(表を参照)。

 2020年に実施した調査では、ほとんどの項目で東京大が1位、京都大が2位となった。これは、例年同様の結果だ。

 次いで名前が挙がるのが慶應義塾大と早稲田大だ。調査結果を年ごとに追っていくと、慶應義塾大よりも下位につけていた早稲田大の「下克上」が起きている。

 項目別にみてみよう。以下は15年→16年→17年→18年→19年→20年の同調査結果の推移を示したものだ(カッコ内はポイント)。

「自分の子どもに入学してほしい大学」
慶應義塾大:3位(429)→3位(498)→4位(423)→4位(375)→4位(358)→4位(369)
早稲田大:4位(402)→4位(469)→3位(450)→3位(446)→3位(472)→3位(432)

「20年で社会的評価が高まった大学」
慶應義塾大:3位(387)→3位(407)→5位(364)→5位(272)→4位(310)→5位(283)
早稲田大:5位(302)→4位(368)→4位(368)→4位(335)→3位(353)→3位(367)

「人事採用担当者なら気になる大学」
慶應義塾大:3位(601)→4位(545)→4位(537)→4位(419)→4位(437)→4位(397)
早稲田大:4位(533)→3位(588)→3位(582)→3位(469)→3位(543)→3位(550)

 このほか、「コミュニケーション力が高い」という項目では、早稲田大が1位(952)、慶應義塾大が2位(751)。「地域貢献に積極的」「卒業生が魅力的」という項目においても、早稲田大が慶應義塾大を上回っている。

 なかでも「20年で社会的評価が高まった大学」という指標で早稲田大が優位になっている理由について、安田常務は「この20年の早稲田大の改革姿勢が社会に評価されているのでは」とみる。

 早稲田大は21世紀に入って、学部の新設、再編を盛んにおこなってきた。04年には国際教養学部を新設。1年間の海外留学を必修とするほか、ほぼすべての講義が英語で行われることが話題を集めた。07年には文学部を改組し、第一、第二文学部を文化構想学部、文学部に再編。また理工学部も基幹理工学部、創造理工学部、先進理工学部の3学部に再編した。

「こういった改革をする大学は、先進的なイメージを与えます。新たな学部ができるということは、新たな卒業生が会社に来るということですから。その学部で何を学んでいるのかをきちんと説明できれば、企業の人事採用担当者から『いい大学だな』と評価されます」(安田常務)

 教育ジャーナリストの小林哲夫さんも、早稲田大の学部の興隆に着目する。

「社会科学部(通称・社学)が近年、偏差値を上げています。政経や法といった看板学部よりも低く見られがちな学部でしたが、学際的に多領域を学べるという魅力から、人気になりました。ここ数年でどの学部も看板学部となったことが、外部からも評価されているのだと思います」

 リクルート進学総研の小林浩所長は、早稲田の2000年代のグローバル化改革のインパクトが大きかったと話す。

「早稲田大は12年に『WASEDA VISION 150』を打ち出し、32年に日本人学生の留学率100%をめざすなどの具体的な数値目標を掲げました。14年には、国際学生寮『WISH』を新設するなど、グローバル化を積極的に推進しています。

 また教育面でも改革が行われています。少人数教育が拡充されており、今や授業の8割が50人以下の教室で行われています。語学では、4人の学生を1人のチューターが担当する『チュートリアルイングリッシュ』が導入され、このプログラムは全学生が受けています。こうした改革のインパクトが、社会人から見た早稲田大の評価を変えているのではないかと思います」

 一方の慶應義塾大も、この20年間で次々と学部を新設している。01年、看護短期大の改組により看護医療学部を設置。08年に共立薬科大との合併により薬学部を新設、20年には東京歯科大との合併により歯学部を新設する「大学M&A」の予定が発表され、話題を呼んだ。

 これらの学部の入試難易度は高い。看護医療学部、薬学部ともに、同系統の学部のなかでトップクラスの偏差値を誇る。薬学部は共立薬科大薬学部時代よりも偏差値が上がったことから、歯学部も偏差値が押し上げられると考えられている。


 また医学部は、コロナ禍で奮闘している。つい最近の21年2月には、田辺三菱製薬と提携し、新型コロナウイルス感染症の治療薬の共同研究開始を発表。同感染症の研究解明をめざす20年4月の「慶應ドンネルプロジェクト」発足以降、産学連携が盛んだ。

「これらの学部は医療関係者にとってはインパクトがありますが、一般企業に勤めている社会人にしてみるとあまり身近なことではないのかもしれません。『20年で社会的評価が高まった大学』で早稲田大と慶應義塾大の間に入った近畿大(4位)も、ここ20年で、企業への就職者の多い国際学部や建築学部など多数の学部を新設してきました」(安田さん)

 社会人からの評価という視点では、OB・OG会である「三田会」の存在が慶應義塾大の強みの一つとして挙げられる。「東芝三田会」「トヨタ三田会」など、211の企業で個別の三田会を組織している。これら「勤務先別三田会」のほか、「公認会計士三田会」「三田法曹会」といった「職域三田会」も存在する(慶應連合三田会HPから)。大学内にとどまらず、経済界にも影響を及ぼす大規模なネットワークだ。早慶の逆転について、安田常務は、こうしたネットワークが「称揚されない時代になっているのでは」とみる。

「慶應はOB・OGの結びつきが強固な印象があります。しかし昨今はコロナ禍でリモートワークの推進などもあり、集団よりも個が大事な時代になってきているように思います。そういった情勢も早稲田に味方しているのかもしれません」

 小林哲夫さんは、両大学の就職先の違いを指摘する。

「早稲田からは近年、Uターン・Iターンによる地方公務員就職者が多く輩出しています。そのため全国の社会人が、新卒の早稲田出身を目にする機会も増えているのではないでしょうか。ここは大企業志向の慶應との違いだと思います」

 入試に対する姿勢も影響していると指摘するのは、前出の小林浩所長だ。

「早稲田大政治経済学部は、21年度入試から大学入学共通テストの『数学I・数学A』を一般選抜の必須科目に課したことが話題になりました。『文系であっても、大学に入ったら数学を必要としますよ』というメッセージを、入試を通じて発信してきました。これが教育改革とあいまって、早稲田大は人材育成に力を入れているというイメージが伝わっているのではないかと思います」

 教育改革、グローバル化、入試改革。三位一体の戦略が、受験生のみならず、社会人のもつイメージまでも塗り替えつつある。

(文/白石圭)