「家を探すうえで通勤の制約がなくなったことは大きい」



 夫婦で東京暮らしを続けてきた中島ゆきさん(44)は、こう話す。中島さんは4月中に鎌倉に引っ越す予定だ。

「リモート勤務のおかげで出社の必要はなくなりました。もともと東京は通勤に便利でも、住環境は良くないと感じていた。昨年10月から東京と熱海の『2拠点居住』を始めましたが、会社が鎌倉に拠点をもうけたため移住を決めました」

 子育て環境も決め手になった。中島さんは夏に出産を控えている。鎌倉には利用できる保育所があり、海や山などの自然にも恵まれている。

「長く住むには仕事も育児も切り離して考えられません。人とのつながりも含めて、安心感のある街を選びました」

 コロナ後に移住を考える人は増えている。内閣府による昨年6月公表の調査では、東京圏で暮らす20代の約3割が、地方への移住についての関心が「高くなった」「やや高くなった」と回答。総務省の人口移動報告では、東京からの人口の転出超過というかつてない現象が起きている。

 全国の500近い自治体が加盟し、移住先の紹介や相談を受け付ける、ふるさと回帰支援センター理事長の高橋公さんは「寄せられる相談の本気度が増した印象」と話す。

「コロナ後はセミナーやイベントを控えざるを得ませんでしたが、電話や訪問といった直接寄せられる相談件数は増えました。家族連れで訪れる利用者も増えています」

 検討する移住先にも変化が見えるという。センターを訪れた相談者の希望移住先は静岡県が初めて1位になり、2位に山梨県が続いた。2017年から首位の座を守り続けてきた長野県は3位に下がった(複数回答)。

「静岡や山梨のほか、茨城や栃木、群馬など都心に比較的近い県への希望が増えている。関西では大阪へのアクセスもよい和歌山の人気が急上昇。移住の『受け皿』となる自治体も働きかけを強めています」(高橋理事長)

 移住したい人と受け入れたい地域を結ぶマッチングサイトの利用者も増えた。IT企業のカヤック(神奈川県鎌倉市)が18年6月から運営する「SMOUT(スマウト)」の登録者は3月末時点で2万3千人に達し、前年比で2.6倍になった。サイトには国内外合わせて600超の自治体が地域の魅力や住居、求人などの情報を登録している。広報の梶陽子さんはこう話す。

「30代や40代の利用者が増えました。移住には地域や家だけでなく、人とのつながりも重要。サイトでは地域の担当者らの顔が見え、関係を強めてもらえるような仕組みを用意しています」

 コロナによって生じた“移住熱”は、土地の価格にも表れている。国土交通省が3月にまとめた1月1日時点の公示地価は、繁華街周辺などを中心に全体的に下げが目立った一方、埼玉や千葉、神奈川といった都心から比較的アクセスのよい郊外の一部は上昇基調を維持した。軽井沢や熱海といった別荘地で取引が活発なエリアもある。ただし、不動産コンサルティング会社・さくら事務所(東京都渋谷区)会長の長嶋修さんは「現段階では不動産市場を大きく変えるほどの動きとまでは言えない」と指摘する。

「完全にリモートワークが可能な業種や人はまだ限られますし、在宅勤務でも都心から離れられない人も少なくない。軽井沢や熱海などの別荘地や鎌倉、湘南、房総といった都心に近い郊外のエリアが人気なのは、そうした背景があるのでしょう。郊外の地価の値上がりは、都心部の地価が上がった影響のほうが大きい」

 移住先選びには、ブームに踊らされず、安心して暮らせる土地を冷静に選ぶ必要がありそうだ。(本誌・池田正史)

※週刊朝日  2021年4月30日号より抜粋