バイリンガル育児をしていると立ちはだかる、「翻訳できないことば問題」。わがやでは、英訳・和訳が難しい単語は日本語・英語のまま使うため、普段の会話は二言語のミックスになっていると前回お話ししました。

 考えてみると、この世は完璧には翻訳できないことばだらけです。たとえば、pumpkin(パンプキン)。もし英語のテストで「pumpkinは日本語でなんといいますか?」と問われたら、答えは十中八九「カボチャ」でしょう。皆さんもそう答えるのではないでしょうか。



 でも、アメリカ英語のパンプキンと日本語のカボチャは、厳密には違うものです(イギリス英語はどうかわかりません)。アメリカでは、パンプキンは主に皮がオレンジ色のものを指します。日本のカボチャと比べると水分量と繊維が多く、甘みもないので、日本のカボチャのようにそのまま煮たり焼いたりして食べることはほぼありません。たっぷりの調味料で味付けし、スープやパイのフィリングにしないとおいしくないのです。渡米したての秋、「パンプキン=カボチャ」だと思い込んでいた私は和食を作る感覚でパンプキンを煮物にし、もうアメリカなんて嫌いだと自暴自棄になったことがあります。

 アメリカにも日本風のカボチャは流通しており、それらは「kabocha squash」や単に「kabocha」と表記され、pumpkinとは区別されています。アジア系の住民が比較的少ないアメリカ南部でもそうでした。日本語のカボチャということばは、英訳することができない。だから元の日本語がそのまま採用されているのです。

 ほかにも、一見同じように見える食材でもアメリカと日本では中身が大違いということがよくありました。melonは「メロン」とは別物の水分のかたまりだったし、carrotは「ニンジン」より甘かった。eggplantなんか中身がスカスカで、あれは「ナス」というより食器洗いスポンジに近いと思います。でもそんなことを言っていてはキリがないので、われわれは便宜上「melon=メロン」「carrot=ニンジン」「eggplant=ナス」ということにして、日々生活するしかありません。

 名詞でさえこうですから、抽象的な形容詞や形容動詞なんかはもっと大変です。blueと聞いて英語話者が思い浮かべる色と日本人が「青い」と聞いて思い浮かべる色は、きっと違うでしょう。prettyは「かわいい」と訳せない場合の方が多いですし、interestingも定番の「興味深い」だけではニュアンスを表しきれないことが多い。文脈によっては、けなし言葉にもなります。

 ここまで翻訳が難しいのは、やはり、ことばが文化の投影だからでしょう。ことばは文化を表現するツールであり、文化を理解していないと完全に使いこなすのは難しい。わがやはアメリカに約5年住み、最近日本に引っ越してきたのですが、その大きな理由のひとつは子どもたちに日米の文化を両方身につけてほしいと考えたからです。

 いまのところ、幼いわが子たちはわずかずつではありますが日米の文化の違いに気づきつつあるようです。たとえば、日本語の「青い」には英語でいうgreenも含まれるということが、実感としてわかってきたようです。最初は信号が赤から青に変わるのを見て、「信号が緑になったよ!」と、英語を和訳する感覚で言っていたのですが、だんだん「青になった」と言うようになりました。

 ハロウィーンの時期が来たら、きっと「pumpkin≠カボチャ」の事実に気がつくでしょう。深緑色をしたホクホク甘い「カボチャ」は、いままでアメリカでジャックオランタンを作っていたオレンジ色のpumpkinではありません。そのとき、子どもはカボチャを英語でなんと呼ぶのか。親としていまからとても楽しみです。

〇大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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