満足いく最期を過ごしてほしい──。在宅療養者のために家族ができることはどのようなことがあるのか。日々弱っていく人と向き合うのは初めてという人も多いだろう。誰しもが後悔しないために準備すべきことを取材した。

【前編/みんなで考える「在宅死」 在宅療養で家族ができることは?】より続く

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 最期を家で過ごす選択をするということは、言い換えれば、患者がだんだんと弱っていく姿を見ていかなくてはならないということだ。家族としては、それを受け入れる準備と覚悟が必要になる。病院で亡くなる人がほとんどという現代、死は日常から遠い存在になっている。そばで見守る家族は、人が死に向かうときのプロセスを知ることが大事だ。死にゆく過程を前もって正しく知らなければ、本人、家族とも不安になり、時にはパニックに陥ってしまう。

 人が死に向かうときに見られる体の変化を知っておくことで、できる限り、落ち着いてゆっくりとお別れができるように、心の準備をしておきたい。これまで千人を超える人の最期を家で看取ってきた千場純医師(三輪医院院長)は言う。

「たとえ苦しみがあっても、いよいよ最期というときになると昏睡状態になり、苦しい感覚はわからなくなるといいます。ただし、そんな中で聴覚と触覚は最後まで残っているので、そばにいる人は優しい声かけとスキンシップを、最後の最後まで続けることが大切です」

 家族を始め、周囲のために患者本人が準備できることはどんなことか。まずは、延命措置や死に場所の希望も含めて、折に触れて周囲に伝えておくことだ。在宅療養の現場では、しばしば患者本人が不在の中で、在宅療養や延命治療、病気の告知、入院・在宅などの論争が起こることもある。本人の希望と同居家族の納得の上で、在宅療養を進めていたのに、遠くに住む親戚から「こんな状態で家に置いておくなんて! 一刻も早く入院させろ」と怒鳴り込まれるケースもあるという。そうならないために、自分の最期についての希望を、できれば紙に書き、周囲に伝えておく。そうすれば、家族が消耗するような論争を防げるはずだ。

 延命処置に関しては、「このときを限界と判断して、救急車を呼ばない」というラインを明確にしておくとよい。つまり、延命、救命をどこまで望むのかという判断だ。本人はもちろん家族にとっても難しい判断となるため、事前に訪問看護師や在宅医に相談したい。急に容体が悪化した場合は、「救急車を呼んで、できる限りの治療をしてもらいたい」というのがごく普通の心理ではあるが、その一方で無理な延命処置の結果、「命は助かっても、意識は戻らない」という状態に陥ってしまうこともある。

 また、慌てた家族が救急車を呼んでしまっても、すでに心肺停止状態や死亡している場合には救急搬送してもらえず、警察の検視になってしまう場合も。さらに病院に救急搬送されて心肺停止状態だった場合には、病院医師が死亡診断してくれず、在宅医が、霊安室や警察検視室に呼ばれて死亡診断するというケースもあるという。

「救急車を呼ぶ=延命措置を望むということ。これをしっかり理解してから119番通報する必要があります。在宅での看取りに際しては、今後起こりうる体の変化や死にゆく過程を看護師や医師に聞いておくこと。そうすれば旅立ちのときには、落ち着いてお別れすることができる。ゆっくりお別れをした後で、訪問看護師や在宅医に連絡して死亡診断してもらえばいい」(兵庫県で家での看取りを25年にわたって支援し続けているさくらいクリニック院長の桜井隆医師)

 在宅療養は、入院や通院に比べると、医療者に「お任せします」では成り立たない世界が、そこにはある。突っ込んで知ろうとし、踏み込んで希望をかなえようとする姿勢、すなわち“患者力”が大きく試されるとも言える。やってみて難しいと思ったら、その時点で入院に切り替えることもできる。本人が満足のいく最期が過ごせたら、家族もきっと達成感がある。大切な人の希望をかなえるための選択肢として、考えてみてはどうだろう。(フリーランス記者・松岡かすみ)

※週刊朝日  2021年10月29日号より抜粋