初の長編小説『両手にトカレフ』で、貧困やヤングケアラーについて描いたブレイディみかこさん。作品に込めた思いを聞いた。AERA 2022年8月15−22日合併号の記事を紹介する。

*  *  *

──『両手にトカレフ』は、ブレイディさんにとって初の長編小説ですね。今回、小説という手法を取った理由を教えてください。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読んだ息子から、これは幸せな少年と幸せな学校の話で、キラキラしすぎている。確かに自分や友だちの多くは、クラブ活動で音楽部とかに入って好きなだけ活動できるけど、そうじゃない子もいるよね。学校はそういう活動に力を入れているけれども、その恩恵にあずかれない子どもがいるのに、そういう子どもが『ぼくイエ』からは抜けている。ノンフィクションだけど、そういう点で本当のことは書けてないんじゃないかみたいなことを言われたんですね。

 確かにその通りなんです。『子どもたちの階級闘争』という本にも書きましたが、当時、私が保育していた子どもの多くは、家庭の事情で放課後にクラブ活動もできないんです。『ぼくイエ』で、そういう子どもたちのことがごっそり抜けているのは、私はあえて書かなかったのかなっていうのが自分の中の疑いとしてあったんです。

■フィクションで書く

──あえて書かなかったのには、どのような理由があったのでしょうか。

 そういう子たちが出てくると、重い話になってしまいますから、おもしろおかしい、爽やかなエッセーでは、追えない部分が出てきます。あの子たちが抱えている問題は、ノンフィクションで書けるようなものでもありませんでした。じゃあ、それを書くとなったらどうしたらいいのだろうという時に、私の知っている子たちの様子を入れこんだキャラクターを作り出して、フィクションで書くしかないって思ったんです。

 ノンフィクションっていうのは、本当にあったことを書いているわけだから、編集者さんと話し合って話を変えるってできませんよね。でもフィクションは編集者さんと、ここはこうした方がいいんじゃないかというような話し合いがありました。そういうことは、私は初めての経験だったので楽しかったですね。

──第三者の意見が入ることで、具体的にはどのような変化が生まれたのでしょう。

『両手にトカレフ』はWEB連載でしたが、そこで構想していた終わり方は、もっと暗かったんです。でも編集者さんに、この物語は中高生にも読んでほしいから、光が見えた方がいいんじゃないかって言われたんです。

■光が見える終わり方

 実は私は暗く重い終わり方をする小説の方が好きなんです。なぜかって言うと、重く暗く終わった方が提起があるし、ちょっと高尚なイメージがあるじゃないですか(笑)。でも、本書をいちばん読んでほしいのは、悩みを抱えている10代の子どもたちです。そういう状態にある子どもたちが、本を読んだ時に暗い文学的な終わり方をしていたら、どう思うだろうって改めて考えたんですね。自分を振り返ってみると、私は10代の時に暗い重めの話をたくさん読んでいましたが、その一方で少女漫画も読んでいたなって(笑)。少女漫画のような明るい終わり方をする作品に、すごく力をもらっていたんですね。結果的に、何かしら光が見えるような終わり方にしましたが、それでよかったと思っています。

──主人公のミアは、14歳。貧困にさらされ、さらには病気のお母さんの代わりに弟の面倒をみる、つまりヤングケアラーです。小説には、そんな環境から逃げることすらままならない彼女の苦しさが書かれていますね。

 最初からヤングケアラーを書こうと思っていたわけではありませんでした。思い返せば私が働いていた託児所の子どもたちは、何らかの問題を抱えていてソーシャルワーカーが介入しているような家庭の子どもばかりでした。

 今でも私と交流のある子もいますし、小さい町だから暮らしぶりは耳に入ってきます。彼らはすでに中学生になっているんですが、多くの子がヤングケアラーになっているんです。幼いころから子どもたちの親は、依存症からの回復中だったり、うつ病だったり、何かしらの不調を抱えている人が多かったわけだから、当然の成り行きなんですよね。そういう子どもたちのエッセンスを入れて書いていったら、これっていわゆるヤングケアラーの話だよねってことに気づいたのです。

■こぼれ落ちた子ども

──本書では、金子文子の自伝を読んだミアが、フミコ(本書の中ではカネコフミコ)に自らを重ねていきますね。

『子どもたちの階級闘争』でも書いた「底辺託児所」と呼んでいた託児所に私が勤めていた時に、そこにいる子どもたちが金子文子みたいだなって思っていたんです。金子文子は、100年も前の日本に実在したアナキストですが、過酷な少女時代を過ごしています。国も違うし、時代も違うのに、目の前にいる子どもたちの日常と、金子文子が私の中でリンクしたんです。

 近年、日本でも問題になっているヤングケアラーですが、このヤングケアラーという言葉もイギリスが発祥ですよね。イギリスって、子どもの人権が守られていて日本よりも進んでいると思われがちですが、いまだにそういうことが解決していなくてすっぽりこぼれ落ちている子たちがたくさんいるわけです。そう考えた時に、同じ経験をしている2人を走らせてみたいと思ったんです。

 それとミアは、まるで両手に銃を構えているくらいに武装して誰にも頼らないで生きている子です。彼女が書くラップの歌詞でも「二丁の銃を構えて立った」とか物騒ですが、結局これってミアがトカレフという銃で撃ってやりたいと思っていたことを言葉に変えていく話だと思うんです。

 金子文子はつらい境遇を自伝にしました。そのことに触発されて、ミアもラップで自分の言葉を紡ぎ出したわけです。貧困やヤングケアラーについて書きたかったのはもちろんなのですが、私自身も本書を執筆しながら改めて本や言葉の大切さを感じました。本で人生が変わるってあると思うんですよね。『両手にトカレフ』が、誰かのそんな一冊になれたらいいなと思っています。

(構成/編集部・三島恵美子)

※AERA 2022年8月15−22日合併号