5000件に及ぶ片づけ相談の経験と心理学をもとに作り上げたオリジナルメソッドで、汚部屋に悩む女性たちの「片づけの習慣化」をサポートする西崎彩智(にしざき・さち)さん。募集のたびに満員御礼の講座「家庭力アッププロジェクト®」を主宰する彼女が、片づけられない女性たちのヨモヤマ話や奮闘記を交えながら、リバウンドしない片づけの考え方をお伝えします。

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case.38  コンプレックスを解消したらもっと変わりたくなった

夫+子ども2人/会社員

 片づけられないと悩む人にとって、家にいる時間は常にその悩みを眼前に突き付けられているようなものです。散らかったリビング、料理をするスペースもないキッチン、洋服があふれるクローゼット……。どこに行っても、片づけられない自分がそこにいます。

 そのような人の多くは、自分を変えたいと思いつつ、片づけ方がわからないからいつまでも自分を変えられません。今回ご紹介するリーナさんも、子どもの頃から片づけには苦手意識を持っていました。

「実家はモノが多かったけれど、母がきれいに整理整頓していました。でも、私の部屋はいつも散らかっていて……。たまに母親が私のぐちゃぐちゃな机の中身を全部出して「片づけなさい!」と怒ったんですが、どうしていいかわからずに泣きながら元に戻していたのを覚えています」

 現在、トップクラスの成績で社内表彰もされる営業としてバリバリ働くリーナさん。人と接することが大好きで、プライベートでもしょっちゅう友人を家に呼んでいました。

 でも、そのためには前日からの準備が欠かせません。リビングやダイニングに出しっぱなしのモノを、ほぼ物置部屋として使っている書斎に運び始めます。当日は朝5時に起きてすべてのモノを書斎に押し込み、掃除をしてから友人を迎え入れます。

「私、人からはよく『家がきれいそう』と言われるんです。そのたびに、片づけられないことへのコンプレックスが大きくなっていきました。自分は不完全な人間だなぁって」

 夫はもともと仕事の関係で離れて暮らしていたが、コロナの影響でほぼリモートワークになったため一緒に住むように。夫の荷物が増えた上に、夫も片づけが苦手。家の中はますます散らかってしまいました。やっと一緒に住めるから幸せなはずなのに、毎日イライラが募る日々。

 どうにかしたいと思っていたタイミングで、家庭力アッププロジェクト®の存在を知りました。

「説明会に参加して、『家の心地よさは、人生の心地よさ』という言葉に衝撃を受けました。どんなに仕事で成功しても、家が心地よくないと人生が心地よくない。さらに、家族が心地よくないと、私自身も心地よくないな、と思いました」

 これまで片づけの本を20冊ほど読んでもできなかった経験から、自己流ではまた失敗すると思ったリーナさんはプロジェクトの参加を決めます。

 リーナさんには同居している夫と娘、そして一人暮らしをしている息子がいます。息子は中学生のときから不登校になり始め、大学進学をきかっけに一人暮らしをしているものの、また大学に行けない日々が続いていました。

 一時的に息子が家に帰ってきても、大学をどうするかで話し合ってぶつかり合うことも。「みんなが集まる家を心地よい場所にしたい」と思い、リーナさんは苦手な片づけと向き合うことにしました。

 片づけを始めると、「なぜ今まで気づかなかったんだろう?」ということの連続でした。

 娘の部屋は家の出入り口から1番遠い場所にあり、学校から帰ってきても手前にあるリビングでずっと過ごしていました。もちろんランドセルもリビングに置きっぱなし。でも、片づけを進める中で、娘がリビングに近い書斎に机を置きたいと言い出しました。

 いざ移動してみると、娘は毎日ランドセルを自分の机に置き、宿題やお絵かきなどを自分の机でするように変わりました。

 同じように、自分たちの暮らしやすさや動きやすさを考えながら散らかったモノの定位置を決めていくと、あるべき場所が自然とわかってきました。さらに、今の生活に必要なモノかどうかの判断がすぐにできるようになり、家から出た不用品はゴミ袋にしてなんと50袋にも。

「今まで母が家に来たときに片づけてくれたことがあったのですが、しっくりこなくてすぐモノが散らかるようになったんです。でも、プロジェクトで教わったメソッドに沿って自分で考えて片づけたら、こんなにも暮らしやすいのかとビックリしました!」

 きれいになった家の中は、思い描いていた「居心地のよい場所」へと生まれ変わりました。モノの定位置が決まっているので戻しやすく、1日の終わりにはすぐリセットできます。「片づけられない自分」の影はどこにもありません。

 夫は「家にいて休まる」と喜んでくれ、娘は着替えや学校の準備などを自分でできるようになって満足気な様子です。

 そして、プロジェクト中に夏休みで家に戻ってきていた息子も、苦手な片づけに奮闘している母親の背中を見ていたのでしょう。「大学に戻る」と家を出て、しばらく経ってからリーナさんに電話をくれました。

「やりたいことがあるから、通信教育を申し込んだ。今後の就職のために、こっちに残ってもいいかな?」

 リーナさんは驚くと同時に、とても喜びました。不登校のときは「死にたい」と言って暴れることも少なくなかった息子が、これまで向き合わなかった未来のことを考えて一歩を踏み出したのです。

「偶然かもしれませんけど、私がずっとコンプレックスだった片づけをがんばったタイミングだったので、それが少しでも影響していたらうれしいですね」

 そして、リーナさんも息子と同じくさらに一歩を踏み出すことを決意します。

「今の仕事を辞めることにしました。大好きな仕事だけど、ここ数年はやりきった感もあって悩んでいたんです。片づけを通して自分と向き合ったら、『今とは違う形で誰かの役に立ちたい』という気持ちが大きくなったので、やりたい仕事に挑戦しようと思って」

 自身の経験も踏まえて、不登校の子どもがいる家族を支えるような仕事をめざしたいとい言います。

「世帯収入も減るし資格もないし、まずは勉強からなのですごく不安なんですけどね」

 リーナさんはそう笑って話しますが、きっと大丈夫でしょう。だって、今までずっと片づけられなかった自分を、たった45日間で変えられたのですから。

●西崎彩智(にしざき・さち)/1967年生まれ。お片づけ習慣化コンサルタント、Homeport 代表取締役。片づけ・自分の人生・家族間コミュニケーションを軸に、ママたちが自分らしくご機嫌な毎日を送るための「家庭力アッププロジェクト?」や、子どもたちが片づけを通して”生きる力”を養える「親子deお片づけ」を主宰。NHKカルチャー講師。「片づけを教育に」と学校、塾等で講演・授業を展開中。テレビ、ラジオ出演ほか、メディア掲載多数。

※AERAオンライン限定記事