神奈川県の小さな町にある、一際おしゃれなスポット。それは、多世代が集う“地域共生文化拠点”。仕掛人は「子ども主体」の保育園を運営する社会福祉法人の2代目経営者だ。AERA 2023年1月16日号より紹介する。

*  *  *

 こんな辺鄙なところにこんなにおしゃれな場所が?と面食らった。軒下になにげなく置かれた椅子はイタリア人デザイナーのマルティーノ・ガンパーによるアーノルドサーカススツール。気鋭の若手建築家・金野千恵が設計した建物の手前には「洗濯文化研究所」という洗濯デリバリーサービス兼コインランドリー。洗練されたデザインの次世代型ランドリーといった趣だ。

 相模原市と厚木市に挟まれた、人口4万人ほどの小さな町、神奈川県愛川町の工業団地に隣接するこの場所は、昨年3月にオープンしたばかりの「春日台センターセンター」。地域で40年以上愛され続けたスーパーマーケット「春日台センター」が閉店し、この場所をもう一度「町の中心(センター)に」との思いで、跡地に建てられたコミュニティーセンターだ。

 学校を終えた小学生たちが自転車で駆けつける。駄菓子を買って縁側で談笑する女の子たちの横には、介護施設に通所するお年寄りたちが並んで座る。

 1本の土間を通じて広がる空間に、コロッケスタンドや認知症グループホーム、小規模多機能型居宅介護施設、放課後等デイサービスなどが居を構える。洗濯文化研究所は就労支援事業として運営され、障害のある人がともに働いている。

 コインランドリーの利用者が訪れたり、近所の人が散歩の途中でちょっと座ってコーヒーを飲んだり。多世代が集う“地域共生文化拠点”なのだ。

■町の風景になること

 ところで一体どうしてこんな場所ができたのか。

 運営するのは同町で30年前から特別養護老人ホーム「ミノワホーム」を運営する社会福祉法人愛川舜寿会。2代目の馬場拓也さんが、前職のアパレル企業を10年に退職し経営に参画。以来、福祉と地域を繋げる「場作り」を実践してきた。

 ファッション業界から福祉業界に転身した馬場さんが最初に取り組んだのが、ミノワホームの「壁」を取り払うことだった。道路と施設の間にあった約80メートルの壁。

「利用者たちを守るための壁が、逆に利用者たちの暮らしを外から見えにくくしてしまっていたんです。町の人にとって介護施設が『自分とは関係ない、壁の向こう側』という認識を育ててはいけない。福祉の営みを可視化し、入居者、利用者、職員が町の風景になることは、近隣にとっても意味があることではないかと感じていました」

 その後、自身の子育てをきっかけに保育に興味を持ち、障害の有無によらず通えるカミヤト凸凹保育園を19年に開園。0〜18歳を対象とするカミヤト凸凹文化教室(児童発達支援+放課後等デイサービス)を併設している。

 園のコンセプトは凸(=長所)に注目し、凹(=短所)をみんなで埋め合うというもの。身体に障害を持つ子、発達に遅れがある子、外国にルーツを持つ子など、様々な子どもたちを分けずに保育を行う。

 取材に訪れた日は、「日々のパン」による親子パン教室が開催されていた。日々のパンは代表の吉永麻衣子さんの「パン作りを通じて、手作りの大切さやお子さんへの愛情を伝え、ゆとりが持てる家族の時間を増やしていきたい」という思いから、全国の幼稚園や保育園で無料のパン教室を開催している。

 こうして外部の人や地域の人を、「社会資源との連関」と捉えている同園。普段のお散歩の時間も、挨拶したり顔見知りの人と立ち話をしたり。保育士が意識的に地域の人に声をかける。

 パン教室が終わり給食の時間が始まると、かちゃかちゃと食器の音が鳴り響いた。

「波佐見焼の器をあえて使っています。落としたら壊れる、ということを学ぶのが大事だから」

 割れないプラスチックを使うのは、危なくない、扱いがラク、という大人の都合。そうではなく徹底した「子ども主体」で考えるのがこの園の方針だ。

■人間らしく生きる

 自然との調和も大事にしていて、床にはお寺などで使われる杉材を使用。回廊の屋根は光を透過する部分としない部分を交互に連続させ、素足で走り回る子どもたちは足裏から床の冷たさ、温かさを感じ取る。

「床暖房にしてしまったら“本当の状態”がわからないで育ってしまう。子どもたちはよく見ているし、敏感に気づきます」

 巷で話題の〇〇メソッドや、早期教育としての英語教育、そして運動会・お遊戯会の類いは「やらない」と決めている。多くの場合、それは「大人たちが望むこと」であるからだ。そうではなく、人間らしく生きること、子どもの目に映るもの、感じるものを最優先した上で、後方支援するのが自分たちの役割だと考えている。

 馬場さんを見つけると子どもたちが「ばばちゃん、ばばちゃん」と親しげに寄ってくる。保育園でも、春日台センターセンターでも、馬場さんは職員一人ひとりの名前を呼びながら声をかける。介護施設の利用者の名前まで把握しているから驚きだ。そんな経営者が世の中にどれだけいるだろうか。

■ローカルから土壌を

「異なり」のある人たちと幼少期からかかわっていくこと。その体験を馬場さんが重要視するようになったのは、16年に相模原市の津久井やまゆり園で起きた殺傷事件も関係している。「生産性がない人間は生きる価値がない」と言った元職員が、知的障害者施設で入所者19人を殺害、26人に重軽傷を負わせた事件だ。

 ミノワホームとやまゆり園は、車で20分程度の距離にある。もし犯人がミノワホームに履歴書を持ってきていたら採用していたかもしれない、と考えるほど、身近な出来事だった。

 事件はミノワホームの壁を取り払う計画の最中に起きた。世間ではセキュリティーを強化するべきという議論が横行したが、馬場さんの考え方は逆だった。

「彼の周りに障害のある人がいて、一緒に過ごす経験の積み重ねがあったら、彼は『障害者はいなくなったほうがいい』と言ったでしょうか」

 ホームでは、壁をなくして庭を作った結果、近隣の保育園の子たちが遊びに来るようになるなど、地域から見守られていると感じることも増えたという。

「インクルーシブやダイバーシティーの言葉だけが先走って、社会の土壌はまだできてない」

と見ている馬場さん。ローカルからそうした土壌を作っていく。そのためにも福祉に向けられる“お涙頂戴”的な空気は払拭したい。それを解決してくれるのはデザインの力だ。

 一体なぜこんなにおしゃれな場所なのか。すべて納得がいく思いがした。(編集部・高橋有紀)

※AERA 2023年1月16日号