「詰め込み」「偏差値」というイメージが強い中学受験。「受験のための勉強は子どもの将来に役に立つの?」「難易度より、子どもを伸ばしてくれる学校を選びたい」といった悩みを抱えている親御さんも増えています。思い切って「偏差値」というものさしから一度離れて、中学受験を考えてみては――。こう提案するのは、探究学習の第一人者である矢萩邦彦さんと、「きょうこ先生」としておなじみのプロ家庭教師・安浪京子さんです。今回は、子どもの将来の夢についてのご相談です。

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【相談】
娘は勉強が好きで、小学校入学時から「将来は医者になりたい」「中学受験をして医学部に入りたい」と言っていました。そこで小3からは中学受験専門塾に通い始めました。小4の現在、成績は上位で、難関校を目指しています。そんな娘が最近、「塾に通うのが疲れた」「この先、受験も受験勉強もやっていく自信がない」と弱気になり始めました。成績は下がっていないし、勉強時間も最近はダラダラ勉強をやめ、かなり短くなっているので、負担は少ないはずです。今まで、何が何でも受験したい!医者になりたい!と頑張っていただけに、急に心境が変わったようで驚いています。モチベーションが上がらないのか?一時的な何かなのか?親としては、無理はしなくてよいが、夢に向かって頑張ることを途中でやめないでほしいです。それに成績が優秀なだけに、今までの頑張りがもったいない気もします。どのように娘に接していけばよいのでしょうか。(小4女子母)

矢萩:お嬢さんが医者になりたい、って言っていたのに心境が変わって驚いている、と書かれていますが、お嬢さんが医者になりたい、って言い始めたのは小学校入学時ですよね。精神年齢も上がってきて、知識も増えて、ちゃんと考えたからこそ意見が変わってきた、という可能性もあるんじゃないですか?

安浪:夢に向かって頑張ることをやめないでほしい、とありますが、これ、お嬢さんが難関校に入って、医学部に行って、医者になるという道を親がゲットしたい、ということなんじゃないでしょうか。例えば、もしお嬢さんが「ユーチューバーになりたい」と言っていたらあなたはここまで応援しましたか?って言いたいです。

■自分が小学1年生のころを思い出してほしい

矢萩:ご自身が小学校1年生のときどうだったか、思い出してほしいです。「塾に通うのが疲れた」と言っているのも、目標や現状に対して「このままでいいのだろうか」と自己言及できるようになったからかもしれない。理性的に考えられるようになってきたからこその葛藤だと感じるので、もし夢や目標が違ってきたのなら、これからやりたいことを探すためにいろいろ勉強してみたら?とか、何か新しい夢が見つかったときに、その夢が叶いやすくなるかもしれないから勉強を続けてみたら?といった話をすれば、ちゃんと通じると思います。

安浪:そうです。そもそも娘さんがなぜ医者になりたい、って言い出したのかわかりませんが、幼稚園や小学生の時に持つ夢って、たまたま近くにいた人の影響だったり、テレビやマンガの影響だったり、親の刷り込みだったりするわけじゃないですか。その夢をずっと持ち続けなければいけないなんておかしな話です。

矢萩:僕は自分が幼稚園児のころ、「科学者になりたい」と言っていたんですね。昆虫や生き物が好きだから生物学者になりたいと。で、小学生になってからは、「悪いヤツ」が嫌いだけれど身体的な実力行使は嫌だったので「弁護士になりたい」と言い始めたんです。そこで母親のスイッチが入っちゃって、中学受験をすることになったんですが(笑)。ずっと言われ続けましたよ、「あなた、弁護士になりたいって言ってたよね?」って。それがすごいプレッシャーで。

安浪:わかります(笑)。

矢萩:中学に入ってバンド活動はじめたときも、「話が違う、考え直せ」とさんざん言われました。確かに自分から「弁護士になりたい」と言ったのは事実だし、「僕が悪かったのかな?」ってどこかでずっと思っていたんですよね。冷静になって考えるとなんにも悪くないんだけど、何か無駄な罪悪感を抱いてしまったというか。だから、娘さんがそう思わないようにしてあげてほしいな。

安浪:そうそう。親ってつい「あなたが言い始めたんだよね?」とか「1回言ったことを曲げるなんて人間としてどうなの?」とか正論で子どもを責めがちなんですけど、自分はどうだったか考えてみましょう、ってことです。

■目標に向けての勉強は義務になる

矢萩:僕自身、小学生の頃は、弁護士が悪いことをした人の弁護もしなきゃいけないなんて思っていなかったわけで(笑)。子どもの夢なんて単純なんですよ。今まで何がなんでも医者になりたいと言っていた、と書かれていますが、それだけ意志が固かった、というより他に情報がなかった、ということもありますし。

安浪:もっと現実的なことを言うと、4年生の成績ってまだ本当に分かりませんから。「うちの子は小さい時から医学部に入って医者になりたいって言っていて、それに向かって勉強を頑張ってきた」ということが称号になってしまって、親がそれを手放せないでいるような気がします。これからどのように娘に接していけばいいですか、と聞かれていますが、4年生で一番大事なことはまず「勉強が楽しい」と思えることです。何かの目標に向けての勉強になると、義務になってしまうので、まずは勉強が楽しい、と思えるように取り組み方自体をシフトしていく必要があると思います。

矢萩:僕もそう思います。それは子どもがどんな夢を持っていようと同じです。子どもの夢が変わったら子どもへの接し方が変わる、なんておかしいですしね。

安浪:あと「最近はダラダラ勉強をやめ、かなり短くなっているので、負担は少ないはずです」と書かれていますが、勉強って密度が大事なので、時間が長いと負担が大きくて短いと負担が少ない、というものでもないんです。そのあたりの固定概念も取り払ったほうがいいですね。

矢萩:とにかく、親の夢や理想を子どもに投影しないほうがいいです。それをやるとどちらも幸せにならないですから。それに、子どもは親よりも同じ時間での成長度合いが大きいから、その分、変化も大きいんです。その事実をちゃんと認識してほしいですね。

安浪:低学年の親御さんほどこのような悩みを持つ方は多いですね。低学年のうちは親の言うことをよく聞くので。もしかしたらこのお母様は、今回の矢萩さんと私の回答を読んでも全然納得できないかもしれない。それは、自分のほしい答えではないから。この方がほしい答えは、あくまで娘が医者になる夢を取り戻すことであり、以前のように頑張るようになるにはどうしたらいいかっていうことなのかもしれません。

矢萩:納得がいかないなら、そんなご自分自身と向き合ってほしいですね。そうやって一緒に成長していくしかないんだと思います。

安浪:特に女の子は高学年になると成長して色々な部分が変わってきますし、それにつれて親子の関係性も変わってきますので、その時に我々の話をチラリと思い出して頂けると嬉しいな、と思います。

(構成/教育エディター・江口祐子)

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