リアル書店の減少に歯止めがかからない。そんななか、自治体が設置・運営に乗り出す書店も現れた。その狙いは何か。「書店文化」の灯は守られるのか。AERA 2023年1月30日号の記事を紹介する。

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 一般財団法人「出版文化産業振興財団」が日本出版インフラセンターの2022年9月時点のデータを集計したところ、全国1741市区町村のうち、書店の空白地域は456で全体の26.2%に当たることがわかった。「書店ゼロ」と「1店舗だけ」の自治体を合わせると790で45.4%だった。

 同センターの調査によると、2011年に全国に1万6722店あった書店は、21年には1万1952店と3割近く減少している。

 そもそも紙の本が読まれにくくなっているのに加え、ネットで本を購入する人が増えているためだ。コロナ禍の外出自粛や人口減少なども書店の経営難に拍車をかけている。

 そんななか、自治体が公共サービスの一環として、書店の整備や運営に乗り出す動きも出ている。

■公設民営の書店

 昨年9月、福井県敦賀市のJR敦賀駅前にオープンした「ちえなみき」。北陸新幹線の延伸を見据えた再開発に伴い、敦賀市がしつらえた公設民営書店だ。市は初期投資として内装整備費約2億8千万円、書籍購入費約7700万円のほか、年間約5千万円のテナント料と約4千万円の指定管理料を負担。大手書籍販売会社「丸善雄松堂」と、同社の子会社「編集工学研究所」が指定管理者として運営を担う。

 市が「書店」にこだわったのには理由がある。本がもつ集客力を生かした「にぎわいの拠点づくり」に加え、様々な「知」と出合える「書店文化」を守る意図があるのだ。

 敦賀市でも書店の閉店が相次ぎ、ちえなみき以外の独立店舗は現在2店舗。敦賀市都市政策課の柴田智之課長補佐は、公設書店誕生の背景には「書店文化が消えることへの危機感」もあったと明かす。

「書店文化とは、異なる個性の店主が選んだ様々な本との出合いから生まれるものだと考えています。しかし、街の書店が減り、そういう機会も減りました」

 その上で、ちえなみきの特色について、柴田さんはこう言及した。

「中に入ると常にざわついているんですよ」

 ちえなみきには、子どもからお年寄りまで幅広い年齢層が訪れる。カップルや家族連れなどのグループ客が目立ち、話し声が絶えないという。

「図書館でも通常の書店でも、本棚の前で会話する光景はほとんど見られませんが、ちえなみきでは本を手に取りながら会話している人が多いのが特徴です。一番うれしいのは、店内の本棚の奥に行けば行くほど、お客さんがいること。本との偶発的な出合いや、人と人の交流が生まれるよう空間デザインや選書を工夫した成果だと自負しています」

 こう話すのは編集工学研究所の野村育弘取締役CFOだ。

■予期せぬ出合い

 ちえなみきにはモデルがある。09年から3年間、編集工学研究所の創設者で取締役所長の松岡正剛さんと丸善雄松堂の共同開発プロジェクトにより、丸善丸の内本店内に実験的に開業した「松丸本舗」だ。

 それぞれの本がもつ「知」を独自のテーマで分類し、フロアを回遊したときに「予期せぬ出合い」に遭遇できるよう演出された空間デザインや選書のエッセンスが、ちえなみきに応用されている。

 2階建て延べ面積約750平方メートルのフロアには計120の座席がある。飲料の持ち込みも自由だ。

 段違いの棚板のある「違い棚」や、扉を開けないと中がのぞけない棚。迷宮のように入り組んだ配置の本棚には約3万7千冊が並ぶ。半開きの引き出しの中に隠すように収められた本、背伸びしないと届かない本もある。丸善雄松堂の鈴木康友リサーチ&イノベーション本部長はこう説明する。

「通常は通路に対し書架を平行または垂直にレイアウトするのが基本です。1列に整頓された本が並ぶ棚は、目的の本を探しやすい半面、自分が興味のある本以外は目に入りにくくなります。『探しやすさ』という普通の書店に求められる効率的なレイアウトやデザインではなく、注意や関心を惹き起こすよう利用者に能動的な行動を促すことを考慮して、あえていびつなレイアウトにしました。書籍を探す楽しみや、お店を探検するような好奇心を堪能してもらえるはずです」

 選書も独特だ。古典からロングセラー、絵本まで普通の書店では決して一つの棚に並ぶことのない本が、「文化」や「生活」「歴史」「生命・科学」といったテーマごとに直感的な文脈のつながりで集められている。絶版になった古書と新本(一般流通本)を一緒に並べて販売しているのも通常の書店、古書店と大きく異なる点だ。鈴木さんは言う。

「ネット書店の検索でも、結局は興味や関心のあるジャンルやキーワードを使うので、偶発的な新しい本(=知)との出合いは起こりません。一つのテーマのもとに表現される書棚をネットで作り出すのも困難だと思います。そういう『編集されたリアルな本棚でしか出合えない』価値をちえなみきでは体感してもらえると思います」

■街の書店との違い

 昨年12月2日に来店者が10万人を突破。3カ月間で6200冊超の本が売れた。約10万円の古書も売れている。

 公設書店の先駆けは青森県八戸市の「八戸ブックセンター」だ。離島などを除き全国初の公設公営書店として16年12月に開業した。

 市内の既存書店との競合を避けるため、民間書店が扱いにくい海外文学や人文・社会科学、芸術などの分野を中心に約1万冊が並ぶ。本との偶然の出合いを誘発する「提案・編集型」の陳列を採り入れている。

 公共サービスとして書店を経営する発想はどこから生まれたのか。同センターの音喜多信嗣所長は言う。

「街の書店は、経営上の観点から扱う本が売れ筋に限られる傾向にあり、それ以外の本に出合う場がなくなってしまうことも懸念されます。商業的に回すのが難しいのであれば行政が担う必要がある、ということになりました。売り上げを伸ばすよりも本を読む人を増やしたい、幅広い分野の本を手に取ってもらうのが目的です」

■読む人も書く人も

 八戸市では市民による読書会が盛んで、市内の読書会を束ねる連合会が50年以上の歴史をもつ。こうした「読書好き」の文化が根付く土地柄も背景にあるという。

 センターには「本を書く人を増やす」目的もある。ギャラリーや読書会ルームのほか、登録すれば誰でも無料で何時間でも執筆に使用できる「カンヅメブース」も設置されている。本を読む人、書く人の両方を増やすことで「本のまち」の発展につなげている。

「街の書店」を支える政策の検討も進む。

 自民党の国会議員でつくる「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」は今春、本の流通改善のほか、ネット書店や図書館との共存を図るルールをまとめ、政府に提言する予定だ。(編集部・渡辺豪)

※AERA 2023年1月30日号