2023年度の首都圏中学入試の受験者数は、過去最多の6万6500人。一層の激戦のなか、希望通りの合格をつかめなかった家庭も少なくない。受験のメンタル面での悩みに向き合う心療内科「本郷赤門前クリニック」の吉田たかよし院長によると、受験生本人よりも親のほうが残念な結果を引きずってしまい、無気力になるケースがあるという。

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 志望校に合格できず心が沈むのは、ごく正常な気持ちの動きです。中学受験は親の役割が非常に大きいですから、挑戦した本人はもちろんのこと、全力で伴走した親だって、悔しくないはずがありません。ただ、結果にとらわれすぎてメンタルを悪化させてしまうと厄介です。

 実際、親御さんのほうが受験結果を引きずってしまうケースが多いのです。私のクリニックに訪れる動機は子どものメンタル面の不調ですが、よくよく話を聞くと実は親がトラブルの震源地ということがよくあります。

 通常の思考ができずに暴言を浴びせてしまい、子どもを追い詰めるというケースもありますが、気持ちの回復が追い付かずに、うつ症状を引き起こすこともあります。目立つのは、母親の「無気力症候群」です。食事を作ったり、掃除をしたりといった日常のことができずに放置し、家の中が荒れてしまうというケースが少なくないのです。

■中学受験の目的とは

 この無気力の要因は何か。中学受験は、受験生はもちろん、親も総力戦です。自分の時間を犠牲にして、塾の送迎やお弁当作り、教材のプリント整理、勉強の補助、志望校選びなど、全エネルギーを費やして挑むわけです。それが受験終了を境にプツンとやることがなくなるので、立ち止まってしまう。

 本来、親には、思春期に向かう子どもの全人格的な成長を支えるという幅広い役割があるはず。ところが、試験に受かるか落ちるかの究極の二元論で成り立つ刺激的な世界に慣れてきたので、結果が明らかな形ですぐには出ない長期的な子育てに、物足りなさを感じてしまうわけです。そこに、不合格、という現実。これまでの労力は一体何だったのかという失望から、ますます意欲がそがれてしまうのです。

 受験にのめり込んだ動機が、親自身の承認欲求を満たすことにある人ほど、無気力になるケースが多いように見受けられます。父親の浮気で夫婦は不仲、プライドがむしばまれた母親は、子どもを難関校に合格させることで自己を満たそうとする。また、学生時代に学業に力を入れてきた母親が自身の夢を子どもに託し、有名中学に入れなければという強迫観念を抱いてしまっている。あるいは、学歴が高い受験エリート組の親が、わが子も超難関校に入るのが当然で失敗はあり得ないという思考回路に陥る……。いずれも実際にあったケースですが、子どもの合格が親の人生の全てになるので、こういう場合は受験に落ちてしまったときのダメージが、より大きくなるわけです。

 心を空っぽにしないためにも、やはり、何のための中学受験なのか、そこが揺らいではなりません。中学受験は、大学受験の予行練習であるという意味合いが大きい。だからこそ、結果よりも、わが子はチャレンジ精神を養えたのだと捉えるべきでしょう。私のクリニックの調査では、中学受験でネガティブな感情を植え付けてしまうと、その後くすぶり続け、6年後の受験で3倍ものストレスになって親子に出てくるというデータが出ています。

■結果を引きずらないために

 次の目標へ向かうには、まずは、自身の気持ちを真正面から受け止めて、一旦ズーンと落ち込むことです。ショックの大きさから気持ちにふたをして、仕事など別のことに猛進してしまうことがありますが、曖昧にするのが一番よくない。結局、しこりのように暗い気持ちが残り、切り替えられません。

 涙を流すことも、ストレスを打ち消す作用があります。親子一緒に泣いていいのです。よく、子どもの前でがっかりした姿を見せてはいけないと、無理に明るく振る舞おうとする親御さんもいますが、逆効果です。自身も気持ちがすっきりしませんし、受験勉強で高度な国語の物語文を読んで鍛え続けてきた12歳は、心情リテラシーが高い状態です。はれ物にでも触るように気を使いすぎると、子どもはかえって、親を悲しませているという心理的な負担を感じてしまうこともあります。

 そして一定期間、親子ともに休みを取ることが大切です。4月からの新しい生活が始まるまでの期間を、充電時間にしましょう。その際に心がけることは、気持ちの持ち方です。受験に落ちてつらいから休むという現実逃避ではなく、4月から次の目標に向けてリベンジする、回復のための休みとポジティブに意識づけることです。あまりの悔しさから、結果発表の翌日には勉強を始めるという極端な行動をとる人もいますが、その無理は次第にストレスに変わってしまいます。休むことで、人はポジティブになれます。

 とくに旅行はおすすめです。場所が変わると、メンタルが好転することもあります。できるだけ自然に触れるとよいでしょう。都会のレジャースポットではなく、海や山などの大自然に飛び込むことで、人工物にはない脳に優しい線や形、たくさんの緑を目にして心の安らぎが得られます。

■親子で取り組む強さ

 前を向くには、親子が一緒に取り組むことがポイントになります。多くのご家庭を見てきましたが、朝ごはんをみんなで食べる家庭では、受験の局面でもメンタル不調を起こしにくい。週末に家族みんなでスポーツやキャンプに取り組むといったことでもよいでしょう。携帯やSNSで常に個々の時間を過ごしているよりも、家族のネットワークのなかにいることで、心が安定します。

 ときに、よい結果をつかめなかったわが子が腹立たしく、かわいく思えないという悩みも聞きます。ただそれは、根本的に子どもを嫌いになっているわけではなく、労力やお金をかけた分の空しさから起きる一時の感情です。また、受験期は親子関係が異常になっているケースも多いものです。わが子が勉強さえやって成績さえ上がればと、親はまるで子どもの家臣のように何でもやる。合格という結果が得られなかったうえにその関係性が続くと、親自身もさすがに子の態度に嫌気がさしてしまうわけです。

 こうした場合も、生活を見直すことが関係修復につながります。中学受験期は、勉強以外の要素をそぎ落とし、いわば健全な生活が壊れている状況ですから、リセットする必要があります。料理や掃除に一緒に取り組むといった親子の触れ合いから、愛情はまた深まっていくものです。

(AERA dot.編集部 市川綾子)