人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子さんの連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、「WBC」について。

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 WBCで日本が優勝するのを待ってこの原稿を書きはじめた。それまではそわそわして手につかない。

 よほど野球が好きなのかと思われるかもしれないが、昔アナウンサーでNHKに入局した時の研修で、スコアのつけ方を学んだので興味を持たざるをえなかった。

 しかしWBCに関して言えば、見たのは今回がはじめて。むしろ敬遠していた。各国の代表といってもほんとに見たい選手がいなかったり、国を背負った悲愴感があったりでついていけない部分も多かった。

 それがなぜ今回、天邪鬼(あまのじゃく)の私の中で盛り上がったのか。きっかけは、かつて住んでいた麻布のマンションが戻ってきて、仕事場兼遊び場にすると決めたからだ。直前まで住んでいた作家の友人が新しいマンションに移るにあたって、大きい荷物が必要なら置いていくというので、リビングにある大画面の超大型テレビとベッドルームの箪笥を引き受けた。

 テレビはニュース主体にしか見ないので、大きなテレビは恥ずかしかったが、スポーツ中継を見るには大型にかぎるという友人の言葉に従って、初めて見たのがWBCだった。ビールとおつまみと、近所のおいしいうなぎ屋からとった出前と準備万端整えて、つれあいと二人画面に向かう。

 なるほど選手はほぼ等身大で迫力満点。しかも大谷翔平選手の二刀流での中国戦を見てすっかりはまってしまった。翌日からの東京ドームの中継、さらに朝弱い私が、マイアミからの中継で三時間以上も続く試合をばっちり優勝の瞬間まで見たのである。

 いったいどうしたことか? 一言で言えば、面白かったのだ。団体が苦手な私だが、今回は大谷・ダルビッシュを始め、日本の若い投手たちや不調を最後にはね返した村上やムードメーカーのヌートバーなど、一人一人の個性が際立っていた。その個人が自分のやるべきことをきっちりやって、アメリカ戦の最後は八回にダルビッシュ、九回は大谷が投げて締めくくるその演出の見事さ! 栗山監督の選手を信じる采配が見事だ。

 予定通り運ばないのがスポーツの面白さ。何が起こるかわからない瞬間を選手たちは全力でプレーする。それを支えるキャッチャーの存在も大きい。

 だが、選手たちの懸命さに比べて、放送する側の言葉が紋切り型で表現力に欠けるのが気になった。

「見るものの魂を揺さぶるプレー」だの「日の丸を背負って戦う」だのと、国を持ち上げる表現の羅列。「日本が一つになった」と言われると、戦争時を思い出してひねくれ者は不安になる。素直に自然にそれぞれ喜べばいいので、必要以上の盛り上げや涙などいらない。

 もっと自分なりの表現力を養って欲しい。今回のWBC優勝の瞬間など、酔わせる一言が飛び出す最高の機会だったが、ついぞなかった。

 ちなみに「野球」と名付けたのは俳人正岡子規ともいわれる。

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

※週刊朝日  2023年4月7日号