つぼみが開き、木々の緑も青い海もまぶしい。旅に誘われる春がやってきた。車窓から見える景色を楽しみたい。AERA 2023年4月3日号では、識者と筆者が選んだ「いま乗りたい全国の鉄道11選(前編)」の記事を紹介する。

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 満開の桜と菜の花が咲き誇る風景のなかを、蒸気機関車(SL)が白煙を噴き上げ疾走する。

「桜と菜の花に酔いしれ、SLが出す煙のにおいも最高です」

 東京都内に住む会社員の女性(40代)は笑顔で話す。数年前にSNSにアップされていた写真を見て訪れたのがきっかけ。以来、毎年のように春になると、SLに乗りに行くという。

 ここまで女性を魅了するのが、茨城県と栃木県とを走る「真岡鐵道(もおかてつどう)」だ。下館駅(茨城県筑西市)と茂木駅(栃木県茂木町)の41.9キロを結ぶ第三セクター。もともと国鉄の路線だったが、1987年の国鉄民営化でJR東日本に引き継がれ、翌88年から真岡鐵道に移管された。SLは、沿線の町おこしを目的に94年に運行が始まった。今は、旧国鉄時代に製造された「C1266」が牽引(けんいん)する「SLもおか号」が年間通じて土休日を中心に往復する。

 真岡鐵道によると、例年3月下旬〜4月上旬に北真岡駅(栃木県真岡市)近くで、およそ800メートルにわたって桜と菜の花が見ごろを迎えるという。

■駅構内に100本の桜

 コロナ禍前の日常に戻りつつあるなか、待ちに待った春が来た。さまざま花が咲き誇る季節だ。そこで、この季節にぴったりの「春の鉄道」を紹介しよう。

 菜の花で知られるのが、福岡県の旧産炭地を主に走る「平成筑豊鉄道」だ。「へいちく」と呼ばれて愛され、旧国鉄から引き継いだ伊田線、糸田線、田川線を第三セクター方式で運営する。各沿線には田園地帯が広がり、特に田川線の犀川(さいがわ)(福岡県みやこ町)〜崎山駅(同)では2月〜4月上旬、線路沿い1キロ近くにわたって花が咲き誇る。

「桜の駅」として知られるのは、能登半島の海沿いを走る「のと鉄道」の能登鹿島駅(石川県穴水町)だ。愛称は「能登さくら駅」。駅構内には約100本もの桜が植えられ、ふだんは寂しい駅が春になると贅沢(ぜいたく)な光景に変わる。

「桜は、古いものは、1932年に旧国鉄の七尾線が穴水まで開業した際に地元の人たちにより植樹されたもので、樹齢90年を超えています」(のと鉄道の担当者)

 鉄道を愛する「鉄ちゃん」たちは、どんな春の鉄道を楽しんでいるのか。

 JRと私鉄を完全乗車し、NHK「ラジオ深夜便」の「てっちゃん先生の旅のすすめ」に出演するなど「てっちゃん先生」で知られる東京理科大学教授の宮村一夫さん(3月で退職)が、まず春の絶景として挙げたのは「JR中央線」の車窓から見る桃の花だ。

■「桃の花のじゅうたん」

 中央線は、東京駅(東京都千代田区)から山梨、長野を経由し名古屋駅(名古屋市)までを結ぶ、全長約425キロの路線。東京から甲府方面に向かう途中、勝沼ぶどう郷駅(山梨県甲州市)にさしかかると、一気に視界が開けて甲府盆地が広がる。そこにピンクに色づいた花が盆地を埋め尽くしているという。開花は3月下旬〜4月中旬だ。

「桜はたいがい、並木になっていて風景が線になります。だけど、桃の木は盆地の斜面に植えられていて平面になっています。それが鈴なりに咲いているので、まるで桃の花のじゅうたんのようです」(宮村さん)

 桜の花では、福島県の山あいを走る「会津鉄道」が魅力だという。会津高原尾瀬口(福島県南会津町)〜西若松駅(同会津若松市)を約57キロで結ぶ第三セクター。宮村さんはこう語る。

「乗っている間中、車窓からきれいな桜の花を見ることができます」

 鉄道に乗るのが大好きな「乗り鉄」の宮村さん。帰路は来た道と同じルートは通らず、「回遊する」のだという。

 例えば、会津鉄道では終点の西若松駅からJR只見線と磐越西線を乗り継いで郡山駅(同郡山市)に出て、そこからJR磐越東線でいわき駅(同いわき市)に向かう。途中、夏井川の両岸に5キロ近くにわたって約1千本のソメイヨシノが咲き誇る夏井千本桜がある。車窓からめでることができるという。

 宮村さんの楽しみ方は、列車に乗って、駅弁を食べ、車窓の風景を楽しむこと。そして「意外性」があったほうが旅を満喫できると話す。

 水戸市と郡山市を結ぶ「JR水郡(すいぐん)線」はそんな鉄道の一つ。歩くことも好きな宮村さんはある年の春、途中の袋田駅(茨城県大子町)から隣の常陸大子駅(同)まで久慈川に沿って土手を歩いた。すると、土手にツクシが群生し、その間にタンポポが咲いている場所があって感動したという。こうした意外な発見が楽しいそうだ。

「その意味では『JR小海(こうみ)線』もオススメです」(宮村さん)

 小海線は、小淵沢駅(山梨県北杜市)から八ケ岳のふもとを抜け、小諸駅(長野県小諸市)までを結ぶ全長78.9キロの路線。JR線では最も標高の高い地点(1375メートル)を通ることでも有名で、沿線には桜が咲いている。

「桜はソメイヨシノ一色ではありません。小淵沢あたりはソメイヨシノですが、ぐんぐん標高が高くなるにつれ、濃い山桜に徐々に変わっていきます。人の手が入っていない山に自生した桜は、同じ桜でも見ていて楽しいです」(宮村さん)

(編集部・野村昌二)

※AERA 2023年4月3日号より抜粋