歌手の八代亜紀(73)が膠原(こうげん)病を患い、年内の活動を休止すると発表した。膠原病という病気の名を耳にした人はいても、それがどんな病気かわかる人は少ないのではないだろうか。膠原病は病名ではなく、総称としての呼び名であり、該当する病気は30種類以上にものぼる。AERA dot.で膠原病について専門医に取材した記事(2020年5月3日配信)からお届けする。
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まず、膠原病とはどういう病気なのかの説明が必要だろう。全国で一番数多くの膠原病患者を診る、東京女子医科大学病院膠原病リウマチ痛風センター・センター長で主任教授の針谷正祥医師はこう説明する。
「膠原病とは、免疫の異常によって、皮膚、関節、血管、臓器などに急性、あるいは慢性的に生じる炎症性の疾患を総称しての呼び名です」

もともと外界から自分の体のなかに入ってくる異物を認識して排除するのが免疫系だが、誤って自分自身の細胞や組織を非自己と認識して攻撃して炎症や変性をおこすのが「自己免疫異常」だ。膠原病とは、体のさまざまな部位でこの自己免疫異常が起こることで発症する。したがって、体のどの部分で発症するかがわからないため非常に厄介なのだ。
「病気の原因が患者さん自身の体のなかにあるため、原因を排除するのが難しい病気なのです」(針谷医師)
多くの膠原病は、遺伝的要因と環境的要因の両者がそろうと発症すると考えられている。
「遺伝的要因とは、免疫にかかわる白血球のなかの重要な分子HLAと、遺伝子情報を担うDNA塩基配列の変異です。環境的要因とは日光を浴びること、喫煙、粉塵にさらされること、性ホルモン、薬剤、加齢などです。これらの要因によって自己免疫異常が起こると、体のなかで自己抗体やサイトカイン(免疫細胞から分泌されるタンパク質)が産生され、炎症や線維化を起こすのです」
現在、膠原病と総称される病気は、30種類以上にものぼる。そのうち、厚生労働省が指定難病として指定し、治療にあたって公費補助が受けられる病気が21疾患ある。
全身性エリテマトーデス(以下SLE)とは、膠原病と言われる病気の一種だ。膠原病と総称される病気のなかでは、関節リウマチとともに患者数の多い病気だ。20〜40歳代の女性に多く発症し、日本全国で患者数は約6万人だ。男女比は1対9で圧倒的に女性が多いが、かのマイケル・ジャクソンもこの病気だった。
「SLEの症状は、先述した自己免疫異常により、発熱、全身倦怠感、関節、皮膚、内臓などにおける障害が一度に起こったり、時間差で次々と起こったりする厄介な病気です。患者さん一人ひとりによって、出現する症状や障害される臓器の種類や程度はさまざまであることも特徴です」
皮膚症状のなかで代表的なものは、頬に出る赤い発疹がチョウが羽を広げているような形である、蝶形紅斑(ちょうけいこうはん)だ。表皮の角質層が厚くなりはがれて脱落する、角化性鱗屑(かくかせいりんせつ)という隆起を伴う紅斑も特徴的で、顔面、耳、首回りに発症しやすい。光線過敏症、口内炎、脱毛、関節炎が生じることもある。
臓器障害では、腎炎、血球減少症、胸膜炎、心膜炎、精神神経障害などがある。
「このようにさまざまな障害が現れますが、病気発症当初の症状によっては、SLEの発見が遅れることもあります。もちろん最初に現れた症状にしたがって該当する科を受診することは大切なのですが、SLEという病気についても知っておいていただき、先ほど挙げた複数の臓器に症状が出てきた場合はできるだけ早く、膠原病の専門医を受診することをおすすめします」
専門医を受診すると、血液検査、画像検査、病理検査などによる結果をもとに、分類基準に基づいて診断され、各症状に対する治療がおこなわれる。薬物療法が基本だ。
「現在、『SLE診療ガイドライン』というものにより、それぞれの症状に対する標準治療が確立しています。患者さんの病気の活動性を低く抑えたりするなど、寛解という根治に近い状態になることを目指して治療をしていきます」
皮膚疾患の場合は、治療の基本はステロイド外用剤による薬物療法だ。効果不十分であればステロイドを内服する。ステロイド単独では治療が困難な場合やステロイドの使用量を減らしたい場合、そして、倦怠感などの全身症状、筋骨格系症状がある場合には、抗マラリア薬であるヒドロキシクロロキン(商品名:プラケニル)の投与を考慮する。皮膚以外の症状にもこの薬が第一選択として使われている。
SLEに伴う腎障害であるループス腎炎に対しては、免疫抑制薬である「ミコフェノール酸モフェチル(商品名:セルセプト)」が、2016年5月から保険で使えるようになった。
「欧米でも日本でも、ループス腎炎に対するガイドラインでは、ステロイドに加える免疫抑制薬としてミコフェノール酸モフェチルとシクロフォスファミドが第一選択となっています。これらの薬剤に加えて、基礎的治療としてヒドロキシクロロキンの使用が考慮されます」
ただしこれらの薬は妊婦や妊娠の可能性がある女性には投与できない。
「また、ループス腎炎については、腎臓を助ける治療も重要です。血圧をコントロールしたり、LDLコレステロールを下げたり、抗血小板薬で心血管疾患の予防したり、いわゆる動脈硬化症の治療をおこないます」
べリムマブという生物学的製剤(抗体医薬品)は、SLEの患者の血液中に過剰に存在し、自分の体を攻撃するB細胞を助けるB細胞活性化因子というたんぱく質を使って抑えることができる。関節炎、たんぱく尿などを改善する。SLEの再燃率を低下させ、ステロイドの量を減らすこともできるというメリットもある。ただし、ウイルス感染症に対する抵抗力を抑制するため、帯状疱疹をはじめウイルス感染症に対する注意が必要だ。
「今後期待される新薬には、抗インターフェロンα抗体のアニフロルマブがあります。活動性SLE患者に対して、プラセボ(偽薬)との比較試験で有意に疾患活動性を抑制したという結果が出ました。ステロイドを目標投与量の以下まで減量し、再燃の頻度を比べたところ、プラセボよりも再燃する患者の割合を低く抑えました。帯状疱疹には注意が必要です。期待される新薬ですが、日本で使えるようになるにはまだ1年以上先になると思います」
このように、新しい薬の出現により、治療の選択肢が広がり、病態によっては、QOL(生活の質)を保ちながら病気をコントロールできるようになっている。10年生存率も90%以上だ。
「ただし、SLEは繰り返し再燃することもあり、長く付き合っていかなければならない病気であることも確かです。この病気を熟知している医師と十分に話し合いながら、適切な対応をしてもらい、ご自身らしい生活を送っていただきたいと思います」
(取材・文/伊波達也)
※この記事は2020年5月3日の記事を再配信したもので、内容は取材当時のものです。