診断からリハビリまでの「自動車運転外来」 高齢者を救えるか?

診断からリハビリまでの「自動車運転外来」 高齢者を救えるか?

 本誌(6月21日号)で高齢者運転の事故問題を取り上げると、読者からの反響が相次いだ。多くは免許の自主返納を促すべきとの意見。だが、公共交通機関の限られた地域では、運転せずに生活は成り立たないとの切実な訴えも届く。こうした人たちからハンドルを握る機会を奪わずに交通事故を防ぐにはどうしたらよいのか。運転科学に基づいて脳のリハビリをする病院も現れた。ジャーナリストの桐島瞬氏が、その実態を聞いた。



*  *  *
「過疎化の進む場所に一人で暮らす私にとって、車がなくなれば本当に死活問題です。地域事情に配慮せず、高齢者だから運転免許を返納せよとの主張にはとても困惑しています」

 便箋(びんせん)5枚にびっしりと書き込まれた投書が編集部に届いた。書いた田井和民さん(93)が暮らす岡山県高梁(たかはし)市中井町は、人口700人ほどの高齢化が進む中山間地域だ。2人の子供は東京暮らし。3年前に妻を亡くして以来、独り身での生活を続ける。

 昨年12月の運転免許更新で認知機能検査をパスし、新たに3年間の免許証を手に入れた。毎週のように軽自動車のハンドルを握る。

「車は必要不可欠です。普段、買い物に行く最寄りのスーパーや病院まで20キロ以上離れていて、車でも往復1時間かかります。バスでも行けますが、実用的ではありません。町へ向かう便は朝7時台に1本。帰り便は夕方4時台から6時台にかけて3本のみ。近くの小学校が休みの日は午後1時台の1本に減ってしまいます。市が運行する福祉バスも週1便のみです」

 タクシーなら好きな時間に行けるが、経済的な負担が大きい。

「往復1万3千円はかかります。週1回の利用でも毎月のタクシー代は5万円以上。年間60万円は必要です。車の維持費を考えれば、マイカーを手放して浮いた分でタクシーを使えとの意見もありますが、軽自動車のほうが出費は抑えられます。公共交通が少ないこの辺りでは、私に限らず高齢者が運転するのは普通なのです」

 ここ数年で小さな事故を起こしてしまったこともあったが、幸い大事には至らなかった。そのぶん、「過信やおごりはいけないと自分を戒め」、より慎重に運転するようになったという。

 田井さんは、自分で運転して移動する自由を奪われたくない気持ちも強く持っている。だからこそ、高齢者に免許返納を迫るような世論の流れに不安を感じている。

「高齢者が大きな事故を起こして批判を浴びているのは、車に乗らなくても困らないほど公共交通機関の発達した大都市の話です。一方、過疎地の人たちから車を奪えば生活していくことができない。それなのに、年だからもう運転するなと言われても。まるで、高齢者は早く死んでほしいと言われているようです」

 どうしてもハンドルを握ることが危険だというなら、せめて運転できる範囲を定めた「地域限定免許」を作るべきだと提案する。

 高齢になれば、事故を起こすリスクが増える。一方、超高齢化社会を迎えて、車の運転が不可欠な高齢者も増えている。簡単な解決策は見つからないが、医療面からアプローチする病院がある。それが「自動車運転外来」を2017年10月に開設した高知市の愛宕病院だ。

 この病院の自動車運転外来では、認知症の恐れがあるドライバーに対して診断と運転機能回復のためのリハビリテーションを行う。診断だけの病院はあるが、リハビリまでセットでしてくれるのはここだけだ。

 受診するパターンは2通り。一つは75歳以上のドライバーが運転免許証を更新する際などに受ける認知機能検査で、「認知症の恐れがある」と判断されたとき。警察から紹介されて受診は義務となる。もう一つは、年齢や認知機能検査の結果に関係なく、任意で受診する場合だ。

 患者は最初に、記憶力や判断力を確認するためのテストを受ける。数字の100から7を繰り返し引いていく計算問題や、パソコンモニターに瞬間的に映し出される目標に対し正確にボタンを押すテストなどがある。運転適性を数値化できるドライブシミュレーターを操作し、アクセルやブレーキ操作の反応速度なども測定する。

 次に行うのがMRIによる脳の画像診断だ。脳に白い部分が見えると事故リスクが増えるという。担当医師の朴啓彰・高知検診クリニック脳ドックセンター長(63)が説明する。

「高齢者の脳画像には、脳が白く映る『白質病変』が見られるケースがあります。毛細血管が消失することで神経線維が死んでしまい、脳の組織がスカスカになった状態です。こうなると巨大コンピューターの配線がプチプチと切られていくのと同じで、脳が同時進行で多くの信号を処理できなくなる。普段の生活では何ともなくても、とっさのときに判断を間違え、アクセルやブレーキを踏み間違えてしまうのです」

 朴医師が脳ドック受診者1万761人を対象に調査したところ、60歳以上で白質病変がある人の事故率は1.28倍、交差点での事故に限ると2.05倍に跳ね上がることがわかった。また、1万1170人への調査では、年齢を問わず白質病変がある人の高速道路への誤進入も1.56倍高く、事故リスクを高めていることがわかる。

 脳のどこが衰えると、どんな危険運転に結びつくかもわかっている。

「位置や空間認知をつかさどる頭頂葉だとアクセルやブレーキの踏み間違いを起こし、視覚情報を処理する後頭葉では危険そのものが見えない状態になる。前頭葉は無謀運転、物事の様子を認識する側頭葉なら逆走などにつながると言われています」

 診察後には診断を出す。

「認知機能に問題がなければ免許センターで免許証の継続。逆に低すぎてどうしようもない場合は免許の自主返納となります。本人が納得しなくても医師が認知症と診断すれば、免許停止です。ですが中には診断がボーダーラインの場合もあり、そういう人たちに運転機能の向上を目指すリハビリをしています」(朴医師)

 理学療法士の沖田学氏(44)によると、リハビリは「患者さんの落ちている能力を回復するために、様々なパターンを組み合わせて行う」という。

「数字の書かれたマス目に乗りながら規則に従って足を動かす『ステップパターン』や、足踏みをしながら差し出された色に応じて左右どちらかの手を挙げるものもあります。その人に合わせてオーダーメイドで作るため、種類は無限大です。家でもリハビリはしてもらいます。例えば、散歩中にすれ違った車のナンバープレートの数字を足し合わせるトレーニングなどです」

 リハビリは週2回の来院でそれぞれ1、2時間行う。自動車教習所で実車を使った運転評価も実施している。1カ月で合計8回のリハビリをして必要な認知機能が上がらなければ、免許返納か停止となる。返納する必要がない人でも、不安な人はリハビリを受けることができる。

 効果はどうか。

「劇的に運転能力が改善することはないが、やる気があって続ける人は確実に認知機能と安全に対する意識が向上し、運転行動が変化しています」(沖田氏)

 事実、今まで自動車運転外来を受診した26人のうち13人がリハビリを受け、うち9人は免許更新ができた。残り4人のうち2人は自主的に免許を返納し、日常生活に支障があることから認知症と評価されて免許停止となったのは2人だけだったという。

 もちろん、認知機能や運転機能を維持するには継続が必要だ。

「途中でリハビリをやめれば機能は落ちてしまう。そのために続けてもらっている人が多い。患者さんには3カ月か半年に1度は診察を受けてもらい、認知機能の低下が進んでいないかを確かめるようにしています」(同)

 効果が出ずに免許を返納する場合でも、検査の意味はある。

「リハビリをした結果データを示せば、自分には正常な運転は無理だとあきらめもつく。大切なのは免許を取り上げることではなく、納得して返納してもらうことです」(朴医師)

 運転免許停止になってしまった人は生活に困るが、地域包括支援センターへの紹介も行う。認知症と診断されれば介護保険の適用を受け、介護サービスの活用もできるからだ。

 自動車運転外来の費用は、保険適用前で初診料とMRIを含む認知機能検査で約3万7千円。リハビリは月8回で約3万円だ。

「『認知症の疑い』だけでは保険が適用されないので、他の病気の治療と合わせることで保険適用になり自己負担額を抑えることができる」という。

 高齢者の事故を防ぐためには、認知機能の低下をどう防ぐかがカギだ。朴医師は、まずは専門医の診察を受けることを勧める。

「正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫など、手術で認知機能低下が改善できる脳の病気も少なくありません。また白質病変が見つかっても、禁煙や高血圧の治療を行うことで増大を抑えることができます」

 その上で、高齢者の脳検査を義務付ける体制づくりが必要だと話す。

「脳画像を見れば事故を起こす可能性が高いかどうかがある程度わかり、有効な対策を講じることができる。その際の検査は保険診療にして、全国の病院が参入しやすくすることも重要です。高齢化が世界最速で進む日本だからこそ、世界のお手本になれる国の政策として進めるべきです」


 認知症の疑いがある高齢ドライバーにリハビリをしてくれる病院は、現在のところ愛宕病院だけだ。だが、高知まで通えない人で、どうしても運転が必要な人はどうすればよいのか。

 高知工科大学名誉教授で交通工学が専門の熊谷靖彦氏(78)は、運転する地域や時間に自ら制限を設けることを提案する。

「例えば道路事情がよくわかっている範囲に限り、昼間の交通状況のよいときに運転する。そうすれば余裕が生まれます。焦って運転ミスを起こさないためには、急いでいる車が後ろから来たときには道を譲ることも大切です。同乗者がいると事故が減るとのデータもあります」

 熊谷氏は、高齢者が事故を起こさないヒントを「高齢者運転八策」(下記)としてまとめている。また、地域限定運転の実効性を高めるために、GPSを内蔵したタブレット端末で使えるアラーム装置を作った。

【高齢者運転八策】
1.交通ルールを守り安全運転を行います(安全運転)
2.体調の悪い時は運転をしません(体調制約)
3.道路事情をよく知った範囲しか運転しません(地域限定)
4.夜間や朝夕のラッシュ時は運転を控えます(時間帯制約)
5.遠方へは公共交通を利用します(公共交通利用)
6.急いでいる車には道を譲ります(譲りあい)
7.極力同乗者と運転します(同乗者効果)
8.イライラせずゆとりをもって運転します(ゆとり)

「あらかじめ設定された区域や時間を超えて運転すると、アラームを発する仕組みです。試験的に利用してもらうと、『行き先を間違えたときでも早めにわかる』『家族に安心してもらえる』といった声が寄せられました」

 一方、過疎地では高齢者の公共交通手段を確保する工夫も見られる。

 京都府京丹後市では、市の助成でバス運賃の上限を200円とした。それまで片道千円を超えていた長距離でも、気軽に利用する人が増えたという。

 また、同市丹後町では16年に自家用車で客を有料送迎する「ウーバー」サービスを国内で初導入。住民がドライバーとなり高齢者などの送迎を行っている。タクシーの半額以下の料金で使えるため、バスに乗れない高齢者の役に立っている。

 高齢者に免許返納を勧めるなら、こうした「移動手段」を奪わない取り組みも必要だ。

※週刊朝日  2019年8月30日号


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