「今までに経験したことのないような記録的台風となる見込みで……」

 その言葉を何度耳にしたことだろう。台風一〇号が日本列島を襲うという日のアナウンスである。

 この言葉に違和感を持った。たぶん気象庁で頭をしぼって考え出された言葉なのだろう。水害や土砂災害の危険度を五段階に分けて伝えるよりも、この言葉の方がインパクトがあると思ってのことだろう。

 しかし、よく考えてみると「今までに経験したことのない台風」という言葉を最初に聞くとショッキングであり、気持ちが落ちつかない。こうした表現が適切なのかどうか。

 確かにこのところの台風は変化してきている。台風一〇号にしても日本近海で発生し、海水温が高いために、衰えるどころか北上につれてますます発達し、最初の予想だと九二〇ヘクトパスカルという、とんでもない台風になるはずであった。たまたま、直前の台風九号によって海水が撹拌されて水温が下がったためにそこまで発達することはなかった。不幸中の幸いである。

 しかし、またいつ同様の強大な台風が来ないとも限らない。

 その時はなんと表現するのだろうか。

「今までに経験したことのないような記録的台風」と同じような表現になるのだろうか。

「今までに経験したことのないような」と一度使ってしまうと二度目はすでに経験したことになり、インパクトが減ってしまう。

 三度目、四度目になるとなおさらである。

 今回の一〇号の場合も過去に本当に経験がなかったか。九二〇ヘクトパスカルとは伊勢湾台風に匹敵する。

 私は以前にもこの欄に書いたが、NHKの名古屋放送局に転勤していた時に直撃を受けている。

「伊勢湾台風級の大きさ」と聞くと、なんだか懐かしさすら感じたが、たしかに伊勢湾台風は、その後は経験しなかった強さで大きな被害をもたらした。

 今回の台風一〇号は、九州からの中継時の風の音がいつもと違っていた。「ヒィー ヒィー」という高音の風の音。たいてい中継のアナウンサーは

「ゴーッという風の音が……」

 と表現し、「ヒィー ヒィー」とは言わない。

 伊勢湾台風のときの風の音は、最高音の「ヒィー ヒィー」という女の悲鳴に似ていた。

 台風一〇号の音を聞いてこれはただならぬもようだと納得できた。

 それにしても被害が最小限に抑えられてよかった。その裏には多くの試行錯誤の積み重ねがあったと思う。

 実際のところ、台風の正確な位置をとらえるのはむずかしいという。しかも台風は遠く離れたところにも大きな影響を及ぼす。

 私のカンと経験によれば、つねに台風本体の方が予報より早く来る。気象観測して伝える段階でどうしても後追いになり、遅れてしまう。早め早めに行動しておかないと間に合わない。

※週刊朝日  2020年9月25日号

■下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数