人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、クーデターと革命について。

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 ミャンマーで国軍によるクーデターが起き、選挙で選ばれたアウンサンスーチー氏をはじめとする重要人物を拘束したと伝えられた。これに対する抗議活動が全土におけるゼネストにまで発展しようとしている。四人の犠牲者が出たことも火に油を注ぐ形となった。

 同じ支配層の中の勢力が政権を力ずくで取ったクーデターである。

 クーデターと革命は明らかに違う。

 テレビでの池上彰氏の解説によれば、クーデターは時の政権を内部から引っくり返すことであるのに対し、革命は一般大衆が原動力になって社会や政治のシステムを変えようというもの。政権の担い手そのものが変わるということなのだ。

 有名なフランス革命をはじめとして、ロシア革命や様々な革命が起きて民衆が力を持ち、世界は大きく変化してきた。

 日本にも明治維新など、社会や政治の大きな変化はあったが、これを革命と呼べるのかどうか。結局、幕府に代わる官僚組織ができただけということもできる。

 そのせいか、香港の民主化デモや、今回弾圧に立ち向かうミャンマーの人々の姿勢に、私は感動を禁じることができない。

 ヨーロッパなど旅していると、時々、デモで交通手段がなくなったり、せっかく手に入れたオペラの切符が、舞台の組合のストライキにより上演中止になることもあるが、これも働く人々の権利なのだと思うと腹も立たない。むしろ、ストライキやデモで声を上げることがほとんどなくなったおとなしい日本人に違和感を覚える。

 では日本のクーデターはどうだろう。古くは大化の改新。先日までNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」で描かれていた明智光秀による「本能寺の変」などを挙げることができる。

 そして、昭和維新を掲げて陸軍の青年将校たちが時の政府の要人を襲った「二・二六事件」。

 農村の疲弊など国民の苦しみを、天皇親政により解決したいと願う、いわゆる皇道派の陸軍士官学校出身の青年将校たちが兵を動かし、直接行動に出た事件である。

 昭和十一年二月二十六日、雪の残る朝の出来事だった。都心の1483人の下士官や兵を動かし、天皇に直訴する行動だったはずが通じず、逆に賊臣となりクーデターは失敗。首謀者の栗原安秀中尉、林八郎少尉などの中心人物は処刑される。

 直後に自決した野中四郎大尉は、軍人だった私の父と陸士で同期生であり、仲が良かった。二・二六当日、宇都宮の第十四師団に勤務していた父は一報を聞いて、身なりを整え、「帰れないかもしれない」と、私を身ごもっていた母に告げて上京しようとしたが、気付いた上官に止められた。

 陸士の同期も、野中の皇道派と辻政信などの統制派に分かれ、その対立が二・二六の遠因だといわれる。

 今年も二・二六が過ぎた。私の生まれた年に起きた大クーデター。その後日本は陸軍の統制派が権力を握り、戦争への道を歩むことになる。

※週刊朝日  2021年3月12日号

■下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数