落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「支持率」。

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 菅さんが退陣へ。「パンケーキ」の頃は70%ほどの『支持率』だったのに、世間で「マリトッツォ」が流行りだした頃には支持率は風前の灯。お疲れ様でした。チャオ、ガースー。

 先日、広島県呉市の独演会でのこと。呉は公開中の映画「孤狼の血 LEVEL2」の舞台(映画では架空の呉原市)。会場に到着するなり会の主催者が「師匠に是非召し上がって頂きたいモノがありますっ!!」と言う。この方はいつもテンションが高い。私より少し歳上だが、品のある美人でクレオパトラに似てる。前髪もパッツンでパトラ調。以下、パトラとする。「なんです?」「エーデルワイスの『クリームパイ』!」。エーデルワイスという洋菓子店の『クリームパイ』が最高に美味しい、らしい。

「呉の人はこのクリームパイを食べて育つんです。クリームパイを食べざれば、呉人にあらず! そうよね!?」。側のスタッフに振ると「ハイッ!」と直立不動で即答。「菅原文太も金子信雄もすずさんも大好き?」と呉っぽい方々を持ち出して聞いてみると「モチロン! 支持率100%!」とパトラ。おお、凄い自信。まさにこの世界の片隅に、仁義なきクリームパイ。

「サクサクの生地に、カスタードクリームが分厚くのって、その上に生クリームがたっぷり!」。かなり重たそうだが、あまりに推すので食べるしかないか。「じゃあ、いっちゃいますか!?」「そーこなくっちゃ!!」。現実世界で初めて聞いたフレーズ『そーこなくっちゃ』。「コーヒーを淹れて差し上げて!」と家来に命じるパトラ。「はっ!」。コーヒーを淹れる家来。「なかなか手に入らないんですよ! 私も初めてです!」。初めてかよっ!? パトラ!! 「私、広島なもんで。でもほっぺたが落ちますわよ、きっと!! ねっ!?」。急に振るも家来は苦笑いで「……はい」。明らかにハードルを上げ過ぎな気もするが、楽しみになってきた。

 取り分けようとパトラが箱を開けたその時、「なにこれ!? チーズケーキじゃないっ!!」。箱の中には『チーズケーキ』と書かれたシールを貼られた三角の物体。「誰!? 間違えて買ってきたの!?」。蜘蛛の子を散らすように家来がどっかへ行ってしまった。泣き崩れる女王。「大丈夫ですよ、チーズケーキ好きですから」「チーズケーキじゃダメなんですっ! クリームパイじゃないと、クリームパイじゃないと……」

 その後、落語三席やっている間、私の頭の中はクリームパイでいっぱい。図らずも韻を踏んだが、汗だくで高座を降りると本物のクリームパイを持って「買ってきましたわー!」とパトラ。とりあえずひと息つかせてください……。食べてみたら、これが……美味。甘過ぎず、素朴な味わい。いいじゃないですか、エーデルワイスのクリームパイ!

 後日、呉出身者にこの話をすると「このご時世に実家に帰りたくなっちゃった……(涙)」と訴えられた。なるほど、クリームパイ支持率高し。傷心の菅さんにはパンケーキでもマリトッツォでもなく、クリームパイで心を癒やして頂きたい。支持率、グラッチェ。

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめた最新エッセイ集『まくらが来りて笛を吹く』が、絶賛発売中

※週刊朝日  2021年9月24日号