落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「ホームラン」。

*  *  *

 生まれてこのかた、ホームランというものを打ったことが無い。先日、大谷選手を観ていて「さぞ気持ち良かろうなぁ」とツイッターでそんなことを呟いたら「いえいえ、一之輔さんは寄席のホームラン王ですから(笑)」みたいなリプライが知らない人から来て、ちょっとイラッとした。なんやその、(笑)っ! それにそんなおべんちゃらはいらんのや!(なぜか関西弁)少年野球をやっていたのにヒットすら打ったことのない私。生まれながらにしてホームランは観る側の人間なのか……なんて原稿を書いていたら、スマホに私の所属する落語協会から会員宛ての一斉メールが届きました。

『ホームラン勘太郎先生が、令和3年9月18日(土)午前0時、お亡くなりになりました。(65歳)通夜・告別式は近親者のみで執り行われました。一般社団法人 落語協会』

「ホームラン勘太郎先生」という、なんともゴキゲンな名前の方の突然の訃報です。『ホームラン』先生は、ボケのたにし先生とツッコミの勘太郎先生のキャリア39年のベテラン漫才師(落語協会では落語以外の芸人さんには「先生」の敬称を付ける)。2006年に落語協会に入会してから、都内の落語を主とした定席にも出演されるようになりました。私が初めてお会いしたのはその頃。鈴本演芸場の楽屋だったかな。お二人とも「クセ」で煮染めたような風貌。小柄なたにし先生は人間離れした愛嬌溢れるルックスでなんかいつもクネクネしてる。勘太郎先生はガタイがデカく、色黒で、ガラガラ声で、ごま塩ハーフモヒカンにあごひげ。「北斗の拳」の悪役(戦闘員的な)がマオカラーのジャケットを来てお茶を飲んでいました。正直、ヤバいオジサンたちが入ってきちゃったなぁ……と思ったよ。おっかなビックリ挨拶するとお二人ともめちゃくちゃ腰が低く、特に勘太郎先生が笑うと目がなくなって八重歯が現れ、まぁそれでも怖い顔なんだが、たまらなく「おっかな可愛い」。

 高座を袖から拝見。たにし先生が楽しげに歌ったり踊ったり……それを勘太郎先生が怒鳴り散らしながらツッコむというかんじ。筋とか流れとかフリとかあるんだろうけど、だんだんそんなものどうでもよくなってきて最終的に客席爆笑。次の日も、また次の日も。なんなんでしょう。すべってるの見たことない。すべるどころか、古寺の石庭に水を打ったように静まっている客席を、町中華の鉄鍋の如く激熱にひっくり返す。「ホームランがウケないんならもうどうしようもない」と言う芸人も。芸種は違うけど、袖から見ていてアレだけウケたら「さぞ気持ち良かろうなあ」と思うのです。もちろん色んな修羅場をくぐってきたからこその地肩の強さ。

 叶うことなら木戸銭を払ってお客として、前に回って二人揃ったホームラン先生を観たかったな。勘太郎先生の最後のツイートは「おーたにさーん! 40号、9勝目!」からの「8でした早とちり。ごめんなさい」という『ホームラン』がらみのものでした。ほんと「早とちり」であって欲しいですよ。65なんて早過ぎです。ただただ、合掌。

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。新刊書籍『人生のBGMはラジオがちょうどいい』(双葉社)が発売。ぜひご一読を!

※週刊朝日  2021年10月15日号