天皇皇后そろっての海外公務は7年ぶりだった。雅子さまにとっては皇太子妃だった2015年7月のトンガ以来の外国訪問。短い日程だったが、天皇ご一家が微笑み、言葉を交わす姿を久しぶりに見ることができた。コラムニスト・矢部万紀子さんが、その感動を綴る。

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 天皇陛下と皇后雅子さまが英国のエリザベス女王の国葬に参列した。出発から帰国まで、4日間。陛下と雅子さまが見えた。愛子さまも見えた。見えただけでなく、聞こえもした。感動した。

 というこの文章、エリザベス女王に由来している。女王の報道官だったディッキー・アービターさんが、女王をしのびこう証言していたのだ。「女王はいつも『信じてもらうためには見てもらわなければならない』と言っていました」

 ダイアナ元妃の事故死後、弔意の表明が遅れた後の挽回策。アービターさんはこう続けた。「(女王は)鮮やかな色の服も着るようになりました。月からでも見えるかもしれませんね」

 一方の陛下と雅子さま、月からも国民からも見えにくくなっていた。理由は新型コロナウイルス。2020年1月、埼玉県所沢市に行って以来、東京都以外の行事はオンライン。行っていないのだ。

 それが2年半ぶりの「東京都以外」の訪問。いきなりのロンドンとなった。天皇が葬儀に参列するのは「異例」だが、皇室と女王との関係が重視されたという。共に英国留学経験のある陛下と雅子さまの思いもあったことだろう。

 陛下が女王の訃報に際し公表した「お気持ち」には、こんな言葉もあった。

<女王陛下から、私の即位後初めての外国訪問として、私と皇后を英国に御招待いただいたことについて、そのお気持ちに皇后とともに心から感謝しております>

 そう、令和2年目の20年1月、両陛下の英国訪問が日英同時に発表された。即位後すぐにアメリカのトランプ大統領夫妻(当時)が来日し、雅子さまは通訳なしで夫妻と語り合った。国民の目が釘付けに。雅子さま×英語=ステキ。

 だから初の外国訪問が英国で、そこはおふたりともにゆかりの地だったから、楽しみにしていた人は多かったはずだ。コロナ禍で実現できず、おふたりも残念だったと想像する。それが、エリザベス女王の死という思わぬきっかけで実現した。

 最初に訪問が報じられたのは、訃報の2日後。「天皇陛下、英女王国葬参列へ調整」という朝日新聞9月10日付夕刊には、天皇が外国王室の葬儀に参列するのは異例だという記述があり、こう続いていた。「関係者によると、皇后さまは体調を考慮した上で、参列を検討するという」

「適応障害」という病を得て以来、雅子さまの予定公表には必ず添えられる一文だ。結果的に欠席となることもあったが、今回は心配無用だった。

 17日の出発当日、テレビ各局が皇居・御所を出発する両陛下と見送る愛子さまの様子を写していた。車寄せに3人が並び、車を待つ間、何やら話をしていた。小さく頷いたり、顔を見合わせたり。雅子さまがグレー、陛下と愛子さまは黒という服装だったけれど、包む気配はふんわりと軽かった。

 おふたりは車に乗り込むと、愛子さまに小さく手を振った。深く礼をした愛子さまは、走り去る車に向かって手を振った。愛子さまの動く姿を見たのは、3月の記者会見以来だった。あの時より、また少し大人っぽくなったのでは、などと思う。

 風が吹いたと感じた。閉ざされていた空間を開く風。少し遠くなっていた天皇ご一家と国民の距離が、再び近くなる。そんな予感を連れてくる風。「見える」は大切だ。

 冒頭には「聞こえもした」と書いた。聞こえたのは、ロンドン到着後のこと。19日、両陛下は記帳をした。AP通信が20日、その映像を配信した。素晴らしく貴重な記帳の映像だった。再現する。

 女王の写真と白いバラに挟まれ、記帳用の台帳が置かれた部屋に両陛下が入ってきて、ページをめくる。「メッセージが」という陛下の声。「そうね」という雅子さまの声。はっきりではないが、確かに聞こえる。

 陛下が座り、ペンを取る。「デイトなの?」と雅子さま。日付を入れる確認だろうか。陛下が「デイト」と答える。「date」と書きたくなる発音。失礼を承知で書くなら、陛下の生真面目さが表れていて「cute」である。そこにまた雅子さまの声。「日本語……」。陛下が「そうね、下に」と答え、台帳がアップに。「Naruhito」というきれいな筆記体の下に「徳仁」とある。

 次に雅子さまが座る。丁寧に書く手が映る。書き終えた雅子さまが陛下を見上げる。おふたりが目を合わせ、にっこりと笑う。心からの笑顔だとわかる、とても良い笑顔。「雅子さまはお幸せなのだ」とこちらが勝手にうれしくなる。「見えて、聞こえる」。とても大切だ。

 そもそも雅子さまの声を聞いたのは、19年8月以来だ。ご一家の那須御用邸での静養で、「風が気持ちいいですね」と記者団に語る声が放送された。それ以来の声。

 ちなみに陛下の声は記者会見や式典などで聞くことができるが、雅子さまにはそういう機会がない。誕生日には文書回答とビデオも公開され、そこには陛下と話す様子も映るが、なぜか弦楽四重奏のようなBGMが流れている。「プライベートな会話は公開しない」という宮内庁の方針だろうが、正式なカメラの前での会話を隠すことにどんな意味があるのか謎だ。

 と、かねがね思っていたのだが、動きがあった。宮内庁の23年度予算概算要求に、SNSを使った情報発信を始めるための予算が盛り込まれたのだ。

 エリザベス女王は在位70年にあたり、短編動画に出演した。共演相手は、くまのパディントン。共に宮殿でお茶をする楽しいストーリー。女王とパディントンの会話がユーモラスで優しい。おしゃれな「見えて、聞こえる」。

 宮内庁にはぜひとも、「見えて聞こえる皇室」から始めてほしい。記帳動画の感動よ、再び。(コラムニスト・矢部万紀子)

※週刊朝日  2022年10月7日号