コロナ禍の閉塞状況が続くなか、「中高年の依存症」に注目が集まっている。仕事のストレスや健康不安、親の介護……。社会的責任を伴う中高年。取り返しのつかないリスクを背負う前に、依存症から抜け出す回路を紹介する。AERA 2023年2月6日号の記事から。

*  *  *

「コロナ禍が転機になりました」

 こう振り返るのは、都内在住の50代の会社員男性だ。

 もともと酒はよく飲むほうだった。接待で飲む機会も少なくなかった。新型コロナウイルスの感染拡大で2020年4月からリモートワークに切り替わると、自宅で飲む酒の量が一気に増えた。引き金は仕事のストレスだ。コロナ禍の部下のマネジメントに苦心したという。

「オンラインの定例会議や個別面談以外の普段の顔が見えないなか、ケアの仕方に戸惑いました」

 酒量が増えたのは飲む時間が長くなったためだ。リモートワークだと仕事はすべてパソコン上で完結する。オンライン会議が終わると、「今日はもう会議がないから」とまだ明るいうちから、ワインやウイスキー片手にパソコンに向かう。海外の取引先との夜間のオンライン会議にはほろ酔いで臨んだ。

「オンライン会議だと中身をマグカップに移せば、会議メンバーにはコーヒーを飲んでいるようにしか見えません。プレゼンもしますが、弁舌が滑らかになりかえって調子がよくなるため、飲酒がばれたことはありません」

■「減酒」が入り口でよい

 夕食時に開けたワインのボトルは一晩で空いた。晩酌の延長で6時間飲み続け、そのままソファで寝ることも。見かねた妻に促され、20年末ごろ精神科を受診した。

「飲酒の状況を聞かれると、『仕事に支障のない範囲で飲んでいます』と答えます。『自分でコントロールできているなら大丈夫じゃないですか』と医師に言われると、『はい』と答えるしかありませんでした。断酒しかないと思って精神科を受診しましたが、本音では断酒となると突然、人生の楽しみの一つを失うようで抵抗もあります」

 男性は飲酒による暴力や暴言で、家族や同僚に迷惑をかけたことはないという。とはいえ、隠れた飲酒の要因を抱えているのかもしれない。そう考え、3カ所の精神科を受診したが、いずれも通院には至らなかった。「ダラダラ飲み」が習慣になると、健康に致命的な悪影響が出るのでは、という不安もある。男性はこう打ち明けた。

「夜な夜な一人で飲酒しても楽しいことなんてありません。依存症のボーダーラインにいると自己分析していますが、本当にこのままでいいのでしょうか」

「依存症予備軍」かもしれない、と自覚している人は少なくないだろう。だが、そんな人もすでにれっきとした「依存症」の可能性がある。

「いわゆる『大酒飲み』とアルコール依存症の人は根本的に異なるものではなく、飲酒が増えるにしたがって連続して依存が強化されていくものなので、境界線上の人では『ここから先は依存症』と明確に線引きできるものではありません」

 こう話すのは、国立病院機構久里浜医療センターの木村充副院長だ。コロナ禍の臨床現場で実感してきたのは、働き盛り世代の酒量の増加だという。

 同センターは17年に「減酒外来」を開設。「飲酒に問題を感じているすべての人」が受診できるよう間口を広げた。すぐに飲酒をやめることができない場合は飲酒量を減らすことから始め、飲酒による害をできるだけ減らす「ハームリダクション」という概念に基づいている。

「アルコール依存症は飲酒を断つしか治療法はないと言われてきましたが、医療が早くから介入したほうが重篤化を防ぐことができます。であれば、『断酒』ではなく『減酒』が入り口でよい、という認識がこの10年で定着しました」(木村副院長)

■最多はブラックアウト

 減酒外来を受診するのは、収入や生活が安定した現役世代が目立つという。

 同センターが17〜18年に減酒外来を受診した人の属性を調べたところ、平均年齢は男性が48歳、女性が43歳。仕事に就いている人が男女とも9割超。同居家族がいる人が男女とも約8割。男性の学歴は大学卒と大学院卒で7割を超えた。受診理由で最も多いのが「ブラックアウト」(記憶がなくなる)で3割強を占め、身体的(健康)問題、暴言・暴力と続く。

 減酒外来では「お酒の量を減らす」ことや「問題のない飲み方をする」ことなど、それぞれの目標設定に合わせた酒との付き合いをサポートする。生活習慣の行動変容を目指すカウンセリングが中心だ。

「『恥の文化』が根強い日本では、自分の弱い面をさらけ出すことに抵抗を感じる人が多いと思います。本音を引き出せる関係を構築するのも医師の重要なテクニックです」

 こう話すのは精神科以外で全国初の「アルコール低減外来」を19年に開設した北茨城市民病院附属家庭医療センターの吉本尚医師だ。

 アルコール依存症に関する18年の診断治療ガイドライン改定で、精神科以外の内科などでも初期の依存症患者の診察が推奨された。吉本医師はその最大のメリットは「アクセス改善」だと言う。

「内科や小児科もある医院だと、対外的なメンツを気にする人も受診のハードルが低くなります。外来患者には医療関係者も珍しくありません」

 同センターの外来は内科治療も並行するのが特徴だ。長年の飲酒習慣で内臓疾患を併発している人が多いため、採血や肝臓機能のチェックも行いつつ、飲酒改善も指導する。高血圧や糖尿病の薬も処方してもらうため、途中で通院しなくなる患者は少ないという。

■周囲の人にばれている

 筑波大学准教授の吉本医師はこれまでに、同センターと筑波大学附属病院で合わせて約170人のアルコール低減外来の患者を治療してきた。平均年齢は50代後半だ。この世代は、仕事に対するモチベーションの変化が飲酒のきっかけになりやすいという。

「定年後に時間をもてあまして飲酒する人もいますが、意外とその手前の世代が多いように感じます。がむしゃらに働いてきた人が、社内でのポジションも先が見えてくると仕事のモチベーションが下がり、その心の隙間をお酒で埋めてしまうわけです」

 女性の場合、介護がきっかけの人が目立つという。親の介護で外出できなくなり、ストレスが発散しにくくなって飲酒を習慣化してしまう。心身の不調も飲酒のきっかけになりやすい。加齢とともに体の自由が利かなくなったり、身近な人と死別したりする「喪失体験」を飲酒で癒やす傾向は男女を問わない。吉本医師は言う。

「こっそり多飲しているつもりの人も、実際は周囲にばれていると考えたほうがいいでしょう。中高年は特に、これまで築いた社会的信頼を飲酒で失うリスクが大きいことを肝に銘じる必要があります」

(編集部・渡辺豪)

※AERA 2023年2月6日号より抜粋