AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

『木挽町のあだ討ち』は、永井紗耶子さんの著書。雪の降る晩に芝居小屋の近くであだ討ちがあった。まだ16歳の菊之助が父親の仇である作兵衛の首を討ち取ったのだが、2年後、当時の顛末を聞きに一人の若侍が芝居小屋を訪れる。小屋で働く人々が語った真相とは。予想外の結末が待ち受ける長編時代小説。永井さんに、同書にかける思いを聞いた。

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江戸の芝居小屋で働く人々が一人ずつ登場し、近くで目撃した若い武士のあだ討ちについて語る。それを聞くうちに、ぼんやりしていた事の真相にピントが合い始め、思わぬ結末に心を揺さぶられる長編小説だ。

 蝶の柄を染めた更紗の着物で現れた永井紗耶子さん(45)は、子どもの頃から歌舞伎に親しんできた。

「大叔母に連れられて小学2年生のとき初めて行ったのが三代目市川猿之助さんのスーパー歌舞伎でした。最後には感動して泣いていました」

 忠臣蔵、曽我物をはじめ、あだ討ちを題材にした演目を何度も観てきたが、その度に引っかかるものを感じていた。あだ討ちは遂げた側がハッピーエンドかというとそうでもない。自分の思いというより周りの人に追い立てられて討つこともあるし、最終的に自ら死を選ぶこともある。

「制度として認められていたとはいえ、人を殺めた業を負います。いろいろ複雑ですよね。自分がその場に立ってみたらどう思うか、考えながら書いていました」

 作中で語るのはいずれも芝居の裏方だ。小屋の入り口で客に芝居の見どころを語る木戸芸者、役者に立ち回りを教える立師、衣装係、小道具係の妻、戯作者の5人が、あだ討ちだけではなく自分の仕事や生い立ちについても話す。

 永井さんは香川県琴平町の旧金毘羅大芝居で「女殺油地獄」を観たことがある。

「江戸の頃から続く芝居小屋で薄暗くて本当に殺人現場を見ているような迫力がありました。終演後に舞台裏を見せていただいたとき、裏方さんの熱気がすごかったんです」

 一人ずつに語らせていくスタイルにも理由がある。

「時代小説は難しいと思っている方が多いから、語りのほうが近く感じてもらえるかなと。会話なら情報が自然に入ってきて伝わりやすい。私自身がおしゃべりなので、説明している自分を想像しながら書いたらすごく楽でした」

 なるほど、あだ討ちの制度や武士の社会、芝居小屋の仕組みがスッと頭に入ってくる。5人の中には吉原の遊女の息子、火葬を担う隠亡に育てられた人など世の不条理を味わってきた人もいて、芝居小屋の中だけではなく当時の社会も見えてくる。

 目の前で話を聞いているような心地よい語り口は、落語を参考にしたという。江戸物の小説を書くときは落語を聞くとスイッチが入るそうだ。

 永井さんは当時と今の社会は似ていると感じている。遠くに異国船が来て脅威を感じ、経済的には豊かなようでいて格差が広がっている。忠義を尽くす、人に迷惑をかけないよう我慢するなどの道徳観で身動きが取れなくなっている。

「今の話として書くと毒が強いことも、江戸を舞台にして少し離れて見ると客観視できます。この小説はエンターテインメントでありつつ、現代に光を当てることにもなればいいなと思っています」(ライター・仲宇佐ゆり)

※AERA 2023年2月6日号