スキー場のエリア外、いわゆる「バックカントリー」でスキーやスノーボードを楽しむ人の遭難が相次いでいる。1月30日、長野県・小谷村のバックカントリーで雪崩に巻き込まれた米国プロスキーヤー、カイル・スメインさんら2人が発見され、その後、死亡が確認された。救助活動を行った長野県警山岳遭難救助隊の岸本俊朗隊長を取材すると、バックカントリーの危険性を繰り返し訴えるだけでなく、これまで目にしてきた遭難者家族の苦しみについて漏らした。

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「バックカントリーでのスキーやスノーボードは相当リスクの高いアクティビティーですが、そのことをきちんと家族に理解してもらい、認めてもらっているのか、いつも疑問に思います。バックカントリーで遭難して、捜索しても、発見できない場合があります。われわれ警察がご家族の対応をするわけですが、家族のみなさんは精神的にも経済的にも非常に苦労される。そういったことを想像して、そこへ足を踏み入れる前にブレーキをかけてほしい、という気持ちが強くあります」

 岸本隊長は切実にそう語った。

 今回の遭難で亡くなったスメインさんは雪崩が発生した29日、自身のSNSを更新し、バックカントリーの樹林帯のなかを滑走する動画を紹介しながら、こう書いていた。

<信じられないほどの雪質、止まることのない嵐、そして探求を重ねるごとに見つかる本当に楽しい地形。これが毎冬、日本を訪れる理由です>

■自ら危険性の高い場所に

 しかし、同日午後、スメインさんは雪崩に巻き込まれ、遭難した。心肺停止の状態で発見されたのは翌日だった。場所は白馬乗鞍岳の中腹にある湿原、天狗平の南東約1.5キロの地点だ。

「天狗原の東側斜面、標高差200、300メートルをスキーで滑ってきて、平らな地形に至りますが、そのどこかで雪崩に巻き込まれたと思われます」

 もともと、ここは雪崩の危険性がかなり高い場所だという。

「強い西風に運ばれてきた雪が天狗原に吹き下りてくるので、地形的に雪がたまりやすい場所です。しかも前日には結構まとまった降雪があったので、雪の状態は相当不安定だったと思われます。そこにスキーで入っていけば、雪崩を誘発する可能性はかなり高かったと言えるでしょう」

■頭をよぎる二次遭難の恐れ

 雪崩の危険性について、NPO法人「日本雪崩ネットワーク」はホームページで毎日、各スキーエリアの情報を日本語と英語で発信している。

そのうえで岸本隊長は、こう言う。

「28日はどの山域でも雪崩の危険性が非常に高かった。翌29日も『警戒』という情報を出していました」

 遭難現場周辺は大量の新雪が降り積もり、救助活動は阻まれた。

「スキーを履いて現場に向かったのですが、その状態でも膝まで雪に潜ってしまい、スキー板がまったく見えませんでした。スキー板を外すと、腰まで雪に沈んでしまった」

 二次遭難のリスクを少しでも減らすため、栂池高原(つがいけこうげん)スキー場の上部から最短距離で遭難現場を目指すのではなく、できるだけ樹木のある尾根から尾根を渡り歩くようなかたちで現場にアプローチした。

「雪山登山では、新雪が降り積もった沢や斜面に入っていくことはタブーとされています。繰り返しになりますが、雪崩の危険性が非常に高いですから。けれど、バックカントリーのスキーやスノーボードはあえてそこを滑り下るスポーツというか、活動なので、とてもハイリスクといえます」

■スキー場の外は雪山

 長野県北部の北アルプスの山麓は「白馬バレー」と呼ばれ、北海道のニセコと並ぶ、山岳リゾートとして知られる。雪の季節になると、国内のみならず、世界中からウインタースポーツのファンが訪れる。

「つがいけロープウェイ」を運営する栂池ゴンドラリフトの担当者は、白馬バレーのバックカントリーの魅力を、こう説明する。

「八方、五竜、栂池の各スキー場の上部は北アルプスの山々につながっています。なので、山岳地形の場所に非常にアプローチしやすい。さらに極めて質のよい粉雪、パウダースノーが多く降り積もります。世界的にもこれほどの量の雪が一気に積もる場所は珍しいようです」

 大量のパウダースノーに魅了され、海外からもスキーヤーなどが集まるわけだが、岸本隊長は「バックカントリーにおける、その恐ろしさがあまり知られていない」と危惧する。

「スキー場内で何か事故を起こしたとしても巡回しているスキーパトロールが対処してくれます。けれど、管理区域の外に出れば、厳しい冬山の世界が広がっています。雪崩の危険性だけでなく、けがを負ったりスキー用具が破損したりすれば、パウダースノーの深雪のなかで行動不能の状態に陥ります」

 雪山で行動不能になれば、あっという間に低体温症、さらには凍死のリスクにさらされる。十分な心構えや装備が求められるのは言うまでもない。

■危機意識が低い日本人

「危機管理の点では、外国の人のほうが意識が高い印象を受けます。バックカントリーに自己責任で入る、という文化が根づいている。今回は残念ながら2人が雪崩で亡くなりましたが、たまたまその場に居合わせた外国人パーティーが一時的な救助活動を行っています。つまり、それだけの対応能力と装備を持っていた、ということです。ところが日本人は、それがまったく何もないという人が多い。本当に興味本位で、スキー場の中を滑るのと同じ感覚で外に出てしまう。ビバーク(野営)の装備もなれば、ビーコンも身に着けていない」

 と、岸本隊長は苦言を呈する。

「ビーコン」というのは、微弱な電波を発する手のひらサイズの装置で、雪崩に巻き込まれて雪に埋もれてしまった場合、ビーコンからの電波をたどることで発見までの時間を短縮できる可能性が高まる。

 逆に、ビーコンを身につけないで雪に埋もれてしまえば、発見は困難だ。

 1月28日、野沢温泉村のバックカントリーでスノーボードをしていた男性が雪崩に巻き込まれ、30日、遺体で見つかった。「この方はビーコンを身に着けていなかったので、捜索に非常に時間がかかりました」。

■発見されないケースも

 ただ、ビーコンを身につけていれば、安全が確保されるかというと、まったくそんなことはないと、岸本隊長は強調する。

「そもそも、ビーコンを持っていても雪崩と遭遇するリスクは少しも減りませんし、3、4メートルも埋まってしまえば、まず助かりません。バッテリーの性能がよくても、ビーコンが作動するのはせいぜい300時間程度です」

 遭難現場が深い谷で、悪天候が続き、雪崩による二次遭難のリスクもあってなかなか救助に入っていけない場合、ビーコンのバッテリーが切れてしまい、発見されないこともある。

「みなさん、バックカントリーのリスクよりも、滑りたいという気持ちを優先しがちですが、万が一のリスクが非常に高いということをよく考えてもらいたい。本人は楽しくていいと思っているかもしれませんが、ご家族はどう感じるのか、想像してほしいです」

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)