1月18日に皇居・宮殿「松の間」で行われた新年恒例行事「歌会始の儀」での皇后陛下・雅子さまのドレスは、皇太子妃時代にトンガ王国の戴冠式に参列したときにお召しになったものだった。こうした雅子さまの着回しやそこにある思いについて、歴史文化学研究者の青木淳子氏に話を聞いた。

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「歌会始の儀」が行われた皇居・宮殿「松の間」に天皇陛下に続いて雅子さまの姿が見えるとそのドレスに「あの時のものだ」と気づいた人も多かった。SNSの書き込みには、

<皇后雅子様のこのドレスはトンガ王国の戴冠式にご参列された時のものですね。「あの時のものだ」とすぐにわかりました。久しぶりのご夫妻揃っての海外。とても晴れやかでお幸せそうな御姿でした。><雅子様のドレスは、皇太子妃時代にトンガ王国の戴冠式に出席されたときにお召しになっていたものではないかと思います。>などの声が上がった。

「気づかれた方も多かったですが、このドレスは、2015年にトンガ王国を訪問された際、トゥポウ6世の戴冠式でお召しになっていたローブモンタント(※首元のつまった長袖のロングドレス。日中の正装)でした」

 とは歴史文化学研究者で皇室のファッションにも詳しい青木淳子氏。このドレスについて「新年を寿ぐ気持ちと、国民に寄り添う気持ちを感じました」という青木氏は続けて、こう解説する。

「新年に着用する衣服に『梅春もの』という感覚があります。日本人は四季の感覚を大切にすると言われていますが、秋には錦繍を思わせる茶色やボルドーなど深い赤味のある色などを、私達も自然に選びますし、ショーウインドウにも、同じ緑系統でも深みのある色合いが並ぶと思います。そうした冬を乗り越えて、お正月を迎えたとき、白や淡いペールカラーなど明るい色を着用し、新年を寿ぐおめでたい気持ちを表現します。それら明るい色の衣服を『梅春もの』といいます」(青木氏)

 3年ぶりに行われた新年一般参賀に始まり、先月1月のお出ましの雅子さまは『梅春もの』であった。

「雅子さまは、皇室の新年の4つの行事では、いわば『梅春もの』のお色で、登場されました。新年祝賀の儀では慣例に則り白いロングドレス、新年一般参賀でもオフホワイトのドレス、講書始めの儀では、淡いブルーのドレス、そして最後の歌会始めも、オフホワイトのドレスで締めくくられました」(青木氏)

 新年一般参賀では隣に並んだ長女・愛子さまのドレスは雅子さまと袖口のボタンの数が一緒でフォルムもそっくりと話題になったが、愛子さまのドレスも光沢のある清々しい水色だった。たしかに、そのお姿には晴れやかな気持ちになった。青木氏はこうしたドレスに雅子さまの思いを推察する。

「一連の行事に白や明るい色のドレスでお出ましになったお姿を拝見する私達は、お正月の改まった気持ちと、新年を寿ぐ気分を感じるのではないでしょうか。もしかしたら、雅子さまの四季を愛で新年を寿ぐ感覚を大切にするお気持ちが、ドレスの選択に表れたのかもしれないと推察します」(青木氏)

「歌会始の儀」のドレスは2015年にお召しになったものだったが、何度も着用されると、今回のように「あの時のお召しのものだ」と気が付かれてしまうことも当然多いかと思うが、

 着回しのルーティンみたいなものはあるのだろうか? 青木氏は「雅子さまが着回しをされる際に、国民に気づかれるか、そうでないか?とは、気にされていないと思います」といい、こう解説する。

「むしろ、着回しされる時には、『その場にふさわしい着こなし』に留意されるのではないでしょうか。例えば、講書始めの儀で着用された水色のドレスは、2008年新年一般参賀で参列された時に着用されていました。その時、雅子さまは皇太子妃でした。雅子さまは、淡いブルーのシンプルなデザインのドレスが清楚でありながら、三連のパールのチョーカーを合わせて、皇太子妃らしい華やかな装いとなっていました。ところが、今回、講書始めの儀では学問と関連した場ですから、アクセサリーは控えめでした。前ボタンだけのデザインに、一連のパールのネックレスは知的な印象でしたね」(青木氏)

 同じドレスでも皇太子妃時代はアクセサリーで清楚でかつフレッシュな気品、時を経て59歳の雅子さまは同じドレスに一連パールを合わせられ知的な品格が感じられた。歌会始の儀のドレスも同様である。青木氏はそのドレスをこう解説する。

「歌会始めの儀のドレスは、とても凝ったものです。オフホワイトの唐草模様がレース状に表されています。写真で拝見する限りですが、おそらく、レースの上にごく薄いシルクのオーガンジーを合わせたような布で作られたものではないでしょうか。シルクはその動きに合わせて『衣擦れ(きぬずれ)』というかすかな音を立てます。雅子さまが歩かれる気配が、伝わってきそうです。また、胸元にはV字型に、レースが重ねられており、そこに小さなビジューの装飾があります。雅子さまが動かれると、それらの装飾がキラキラと胸元で光って、お顔を明るく照らします。間近では、神々しさをも感じることができるかもしれません。トゥポウ6世の戴冠式という格式のある行事に相応しいドレスといえるでしょう。戴冠式では勲章を佩用(はいよう)されていました。その時勲章の綬(じゅ)を胸元で留めていらしたブローチと大変よく似たものを、今回は、襟の中心になさっています。アクセサリーはシンプルですが、まさに新年の4つの行事の締めくくりに相応しい、シンプルでありながら格の高い装いだといえるでしょう」(青木氏)

 着回しという言葉のはるか上をいく、こうも同じドレスが輝いて見える着こなしへの工夫だったとは――。アクセサリーなどの装飾品のあしらい以上に、雅子さまのたたずまいや存在そのものが何度同じドレスを着ても素敵に映すのだろう。(AERAdot.編集部・太田裕子)

青木淳子/東京大学学際情報学博士。歴史文化学研究者。学習院女子大学、フェリス女学院大学、実践女子大学で非常勤講師。日本フォーマル協会特別講師。著書に『近代皇族妃のファッション』(中央公論新社)、『パリの皇族モダニズム』(KADOKAWA)