「組織のためなら何してもいいんか?」制服を着た巡査部長役の吉岡秀隆さんが、同じ警察官にそう問いかける。3月10日に封切られた映画「Winny」の一場面。吉岡さんの役は、愛媛県警の巡査部長時代の2005年に、県警の裏金問題を実名で告発した仙波敏郎さん(75)だ。巨大な組織を敵に回してでも仙波さんが貫こうとしたこととは何だったのか。

「18年前に警察の裏金問題を告発したことを、大手の配給会社の映画の中で取り上げてもらい、本当に感無量です」(仙波さん)

 映画の主役は、東出昌大さんが演じる天才プログラマーの金子勇さん(2013年に42歳で死去)だ。2002年、当時、東京大学大学院助手だった金子さんは、インターネットで映画や音楽などの情報を直接やりとりできるファイル交換ソフト「Winny」を開発し、その試用版をネットの掲示板「2ちゃんねる」に公開した。

 すると、大量の映画や音楽などが違法にアップロードされ、事件化されることも多かった。2004年、金子さんは著作権法違反の幇助(ほうじょ)の容疑で京都府警に逮捕されてしまう。その後、金子さんは弁護団と裁判を戦い、2011年に無罪を勝ち取る。映画はその7年間の壮絶なストーリーを描いている。

 そのなかで、仙波さんの警察裏金問題の告発の話が出てくる。接点はWinnyだった。Winnyは情報漏洩系ウイルスに感染しやすく、個人や企業、官公庁の情報などが次々とインターネット上に流出した。警察でも捜査情報が漏洩するトラブルが相次いだ。

 仙波さんがこう説明する。

「裏金づくりの手口は、白紙の領収書に、捜査協力をしてもらったとして一般市民の架空の名前や金額、日付などを書かせます。私はニセ領収書を書きませんでしたから、当然のことながら実物を持っていなかった。そこで『仙波の(告発の)話は本当なのか?』となった。しかしその後、愛媛県警の刑事がWinnyに接続した結果、パソコンのデータが流出したんです。その中にニセ領収書が含まれていたので愛媛県警が言い訳できなくなった」

 映画化の話が仙波さんに持ち込まれたのは、2021年3月のことだった。

 それまでも何度か、仙波さんの裏金告発について映画化するという話は持ち上がっていた。しかし、なかなか実現にはいたらなかった。

「今回、映画会社からオファーがきて、いろいろ聞きました。Winnyの話が大半ですが、裏金告発を一部でも取り込んでくれるというのはありがたいことです。当初、台本では裏金告発の警官はシラトリリョウという架空の人物だったんです。私からすれば『なんで実名出さんのか?』となりますので、そう監督に申し入れると『本当に実名でいいのですか』とびっくりされていました。その時はすでに撮影に入っていたけど、台本を書き換えたそうです」

 実名であることも含め、仙波さんの裏金告発の内容はリアルに表現されている。

「ええか、ニセ領収書を書いたら私文書偽造で3カ月以上5年以下の罪になる。それを元に公文書を偽造すると1年以上10年以下の罪や。詐欺や業務上横領は10年以下。それだけの罪を犯したもんが千円のもんを万引きした人に調書をとれんのか」

 仙波さん役の吉岡さんが、若い警官を悟す場面だ。

 仙波さんは2008年1月20日に実名で記者会見することを決める。するとその数日前から、人や車に尾行されていることに気づく。それが愛媛県警の関係者や車両と見られ、仙波さんが苦悩、葛藤する様子も描かれている。

 仙波さんが意を決して臨んだ記者会見で、

「仙波敏郎巡査部長55歳、38年間の警察生活の中で見たこと聞いたこと、そして自分の体験に基づく真実を話します。捜査費の支払いはすべて架空、捜査協力者に支払われた事実はありません。一つだけ言わせてください。人一倍強い正義感を持って警察官になった若者たちが今日もどこかで裏金づくりに加担させられている」

 というセリフがある。このシーンについて仙波さんは、

「本気で映画を作っているんだなと思いましたよ。記者会見した時と一言一句同じ。吉岡さんは、私の著書なども徹底的に読み込んで演じてくださったそうで感動しました」

 と振り返る。

 映画の撮影現場にも1度だけ訪れた。

「そのとき、私も一瞬ですがエキストラとして出演しました。裁判で傍聴しているシーンがあるのですが、スーツにネクタイ姿で映っています。とてもいい経験でした」

 吉岡さんはその日、別の撮影があって不在だったが、東出さんらとは話す機会があったという。

 仙波さんは一人でも多くの人にこの映画のことを知ってほしいと、愛媛県警の記者クラブを訪れたという。

「映画のチラシを記者に渡しにいったのです。配り終えて記者と雑談していると、県警の広報担当者が息せき切ってやってきて、『仙波さんちょっと』『ここはダメなので』と言いました。裏金告発からは18年も経っているのに、という感じでしたね」

 映画の撮影が終わってから公開されるまで1年ほどあったといい、仙波さんは「警察の圧力」も危惧していたという。

 ある警察幹部は取材に、

「困った映画だな。また警察の裏金問題が蒸し返されるきっかけになりかねないよ。吉岡さんがうまく演じているからな」

 と話した。

 仙波さんは、

「無事、上映にこぎつけられよかった。吉岡さんや制作にかかわった皆さんに感謝したい。ぜひ映画館で見てほしい」

 と話している。

(AERA dot.編集部 今西憲之)