ドイツから帰国した皇太子さま(当時)を、雅子さまと一緒に出迎える愛子さま=2011年、東宮御所(代表撮影/JMPA)

 12月1日に22歳の誕生日を迎えた愛子さま。学習院大学の4年生の今、卒業論文の執筆にはげみつつも、キャンパス生活を楽しんでいる。宮殿での一般参賀や「皇室会議」の手続きへの参加など、成年皇族としての経験も積んでいる。来春には大学を卒業し、新たな一歩を踏み出す愛子さま。22年の歳月をふりかえると、愛子さまのそばにはいつも、温かなまなざしの「父」がいた。

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「愛子の名前のとおり、人を愛し、そして人からも愛される人間に育ってほしいと思います。それには、私たちが愛情を込めて育ててあげることが大切です」

 2005年2月、皇太子だった天皇陛下は自身の誕生日会見でそう述べると、米国の学者ドロシー・ロー・ノルトの「こども」という詩を、ゆっくりと読み上げた。
 

 批判ばかりされた 子どもは
 非難することを おぼえる
 殴られて大きくなった 子どもは
 力にたよることを おぼえる
(中略)
 しかし、激励をうけた 子どもは
 自信を おぼえる
 寛容にであった 子どもは
 忍耐を おぼえる
(中略)
 可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
 世界中の愛情を 感じとることを おぼえる
 

 愛子さまの子育てに、雅子さまとまっすぐに向き合おうとする陛下の思いが伝わってくる。
 

満1歳をむかえた愛子さまを抱き上げる、皇太子さま(当時)。両陛下(現・上皇ご夫妻)へのあいさつのため皇居に向かう=2002年12月1日、東宮御所(代表撮影/JMPA)

■愛子さまのお風呂と離乳食も経験した陛下

 東宮家は、公より私を優先している――そう言われることがあっても、家族との時間を大切にしてきた陛下。

「子供をお風呂に入れたり、散歩に連れて行ったり、離乳食をあげることなどを通じて子供との一体感を強く感じます」

 2003年2月、43歳の誕生日会見で、皇太子さまは父親の育児への参加が母親の負担を軽くし、子供との触れ合いを深めると述べた。

 元宮内庁職員は、

「保守的な皇室で、ましてや皇太子がそう口にすることに、『東宮家は公務よりも家庭が優先』と反発もあった」

 と振り返る。今から約20年前。父親の積極的な育児参加が周囲に十分に理解され、許容される時代ではなかった。
 

3歳の誕生日を前に、東宮御所の庭でご両親と一緒に遊ぶ愛子さま=2004年11月、東宮御所、宮内庁提供
学習院幼稚園での父親参観のため、愛子さまと手をつないで登園する皇太子さま(当時)=2006年6月、東京・目白(代表撮影/JMPA)

 06年6月。シトシトと雨が降り続けるなか、雨がっぱを着て、身体より大きな傘を差す幼い愛子さまと、その小さな手をしっかりと握りながら歩く皇太子さまの姿があった。

 この日は、学習院幼稚園での父親参観の日。愛子さまを見つめながら幸せそうに歩く姿は、ごく普通の父親と変わらないものだった。
 

愛子さまの相撲好きは有名。大相撲秋場所の初日に東京・国技館で観戦。大きな口を開けて応援する愛子さまの表情をのぞく皇太子さま(当時)
=2006年9月、東京・国技館(代表撮影/JMPA)

 この頃の愛子さまが熱中していたのが、相撲だ。

 4歳のときには、住まいで「パパ」や東宮職の職員と技を再現しながら相撲を取り、力士の四股名や出身地を暗記する様子を、皇太子さまが明かしている。

 同年9月、東京・両国であった大相撲秋場所をご一家で観戦。大きな口を開けて応援し、星取表に勝敗を書き込む様子が見られた。テレビで観戦しながら、「だれだれに 星がついたよ うれしいな」と七五調で文を作るほど熱中していると、皇太子さまも会見で明かしている。
 

ドイツから帰国した皇太子さま(当時)を、雅子さまと一緒に出迎えた愛子さま。愛子さまの背に優しく触れる皇太子さまの愛情深い仕草=2011年、東宮御所(代表撮影/JMPA)

 

 11年、愛子さまは学習院初等科の4年生になった。長い髪を一つに結い、仕草もお姉さんらしくなった。しかし、学校生活への悩みを抱えていた時期でもあった。

 ドイツから帰国した「パパ」を、東宮御所の玄関で雅子さまと出迎えた愛子さま。

 安心した表情の娘を、目尻にしわを寄せて見つめ、そして背中に手を添えて東宮御所に入っていく皇太子さまの仕草から、家族の愛情が伝わってきた。
 

■父親ゆずりのユーモアのセンス

「敬宮愛子」

 17年3月。学習院女子中等科の卒業式で、名前を呼ばれた愛子さまが起立した。その様子を、娘を見守る、穏やかな表情でご夫妻が見守っていた。
 

愛子さまの学習院女子中等科の卒業式に向かうご一家=2017年3月、東京・新宿区(代表撮影/JMPA)

 愛子さまは卒業の記念文集のために、「世界の平和を願って」という核兵器のない平和な世界を願う作文を書いている。冒頭部分には、「家族に見守られ、毎日学校で学べること、友達が待っていてくれること……なんて幸せなのだろう。なんて平和なのだろう」と家族や周囲への感謝がつづられている。
 

栃木県の御料牧場を散策中、「ごっつんこ」して笑い合う天皇陛下と雅子さまと、ご両親を見つめる愛子さま=2023年4月、栃木県(代表撮影/JMPA)

 愛子さまは20年、学習院大学へ進学した。おばの黒田清子さんの頃と名称は変わったが、同じ文学部日本語日本文学科を専攻。古典に興味を持ち、学びを深めている。

 21年には成年を迎え、翌3月に臨んだ成年の記者会見では、父譲りのユーモアのセンスを発揮した。

 自身の長所について、「どこでも寝られるところでしょうか」と話し、栃木県の那須御用邸のソファで翌朝まで寝てしまったエピソードなどを明かして記者を笑わせた。

 約30分間、原稿に目を落とすことなく記者の質問に答えた愛子さま。陛下が昨年の誕生日会見で、

「会見に向けて一生懸命準備をする様子を目にしていましたので、無事に会見を終えることができ、安堵いたしました」

 と、娘を見守る父親としての心境を明かした。そして「今後とも愛子を温かく見守っていただければ幸いです」と加えた。
 

御料牧場に到着し、栃木県知事や関係者の出迎えを受けてあいさつをする雅子さまと愛子さま=2023年4月、栃木県(代表撮影/JMPA)

「運動が得意で活発でいらしたところは雅子さま、そして優しい笑顔や穏やかな性格はお父さまである陛下によく似ていらっしゃる」

 天皇ご一家と長年交流のある人物は話す。

 ご両親の愛情に包まれながら成長した愛子さまは来春、大学を卒業する。海外留学などが期待されているが、新しい一歩が愛子さまに、さらに広い世界をもたらしてくれるだろう。

(AERA dot.編集部・永井貴子)