東京ディズニーシーを訪れたご一家。愛子さまをしっかりと抱きしめる雅子さま=2006年、千葉県浦安市、代表撮影/JMPA

 皇后雅子さまが12月9日、60歳の誕生日を迎えた。1993年に皇太子だった天皇陛下と結婚し、2001年に長女の愛子さまが誕生。2003年から長く続いた療養生活のなかでも深い愛情を注ぎ、成年になった愛子さまは父と母を「かけがえのない存在」と語った。愛子さまを包み込むように愛しんだ「母」としての歳月を振り返る。

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「初めて私の胸元に連れてこられる生まれたての子供の姿を見て、本当に生まれてきてありがとうという気持ちで一杯になりました」

 にっこりと笑って視線を上げた雅子さま。声は震え、目元には涙がにじんでいた。

 愛子さまの誕生から4カ月が過ぎた2002年4月2日。皇太子さまと雅子さまは、愛子さまの誕生後初めての記者会見に臨んだ。

長女愛子さまが生まれて初めて記者会見をする皇太子(当時)さまと雅子さま。涙に声を詰まらせる雅子さまの背中に優しく触れた=2002年4月、東京都内、代表撮影

「今でも、その光景は、はっきりと……目に焼き付いております」

 涙をこらえるように、視線が下に向いた。

「生命の誕生……」

 感極まって言葉が途切れ、手で口元を押さえる雅子さま。皇太子さまが雅子さまの背中に手を伸ばし、トントンと2度、優しく押さえた。
 

 その年の10月、愛子さまを連れた雅子さまは、初めて母と娘のふたりだけの私的な外出をした。出かけた先は、東京・銀座の教文館。ご一家と長く交流を持つ影絵作家・藤城清治さんの展示会が開かれていた。

 真っ暗な会場の中でオレンジや青、緑、黄、白の光と影が、童話の世界や郷愁を誘う情景を幻想的に浮かび上がらせる。

光と影による幻想的な世界を描く「藤城清治影絵展」を、赤ちゃんの愛子さまを抱いて観賞する雅子さま=2002年、代表撮影/JMPA

 手を伸ばした愛子さまに、雅子さまが「だめだめ」となだめると、藤城さんは「アクリル板の上だから大丈夫」と優しく笑った。

 雅子さまは、「愛子にはいちばん美しいものを見せたい」と話した。
 

 翌年の12月、雅子さまは長期療養に入った。外出も難しかった時期だが、ときおり雅子さまは藤城さんの影絵展に足を運んだ。暗闇の中で幻想的な光を放つ作品を長い時間、ひとりで静かに見つめていることもあったという。
 

雅子さまが愛子さまにやさしく手を添えて「あいこ」と新年の書き初めをした=2005年1月1日、宮内庁提供

■もこもこの子犬「由莉」をのぞき込む

 長く続く療養生活であっても、雅子さまは「母」として、愛子さまに深い愛情を注ぎ続けた。

 2005年1月、3歳になった愛子さまの体を包み込むように手を添えて、新年の書き初めをする雅子さま。その様子からは、母と娘の絆が伝わってくる。

 2006年11月には、一般の七五三にあたる「着袴の儀(ちゃっこのぎ)」が行われた。数え年の5歳で初めて袴を着ける子どもの健やかな成長を願う、皇室の伝統的な儀式だ。
 

「着袴(ちゃっこ)の儀」を終えて、桃色の道中着姿で参内に臨む4歳の愛子さま。装束で動きづらい愛子さまをそっと支える雅子さま=2006年11月、東宮御所、代表撮影/JMPA

 儀式を終えて皇居に参内する際は、桃色の袿(うちぎ)と丈の短い切袴(きりばかま)の「袿袴」に着替えるものの、4歳の愛子さまには重くて大変な衣装だ。

 雅子さまが小さな愛子さまを支えるように手を伸ばす写真からは、ほほえましいご一家の様子が伝わってくる。
 

愛子さまの相撲好きは有名。大相撲秋場所の初日に東京・国技館で観戦。応援する愛子さまを幸せそうに見守る雅子さま=2006年9月、東京・国技館(代表撮影/JMPA)

 人柄は、ふとした仕草からも伝わる。

 2009年のゴールデンウィークに、静養のために栃木県の御料牧場を訪れたご一家。JR宇都宮駅に到着した愛子さまが抱えていたのが、愛犬の「由莉」だった。

御料牧場に向かう皇太子(当時)ご一家。愛子さまから子犬の由莉をやさしく受け取る雅子さま=2009年5月、栃木県のJR宇都宮駅、代表撮影/JMPA

 駅舎からトコトコと歩いてきた7歳の愛子さまの両腕からは、もこもこした子犬のお尻と尻尾がはみ出ていた。愛子さまが抱えるには、ちょっと大きかった。

 愛子さまの目線までかがんで受け取り、腕の中におさまった子犬を何度ものぞき込む雅子さまには、小さな命に対する優しさがあふれていた。
 

■学校で愛子さまと昼食を一緒に食べ

「皇太子」「天皇」であると同時に「父」として、「皇太子妃」「皇后」であるとともに「母」として、日常を大切にしてきた天皇陛下と雅子さま。等身大の家庭人としての生き方は、愛子さまのメッセージからもうかがい         知ることができる。

 2022年、愛子さまが成年を迎えての記者会見。愛子さまは、

「両親は、私の喜びを自分のことのように喜び、私が困っているときは自分のことのように悩み」

「一番近くで寄り添ってくれるかけがえのない有り難い存在」

 と、自身に寄り添い続けてきた父と母への深い感謝を示した。
 

愛子さまと一緒にスキーを楽しむ雅子さま=2005年2月、宮内庁提供

 愛子さまは学習院初等科2年生の終わりから2年ほど、学校生活に悩みを抱えていた。

 雅子さまは愛子さまと一緒に登校し、昼食を一緒に食べた。ご両親が付き添えないときは、愛犬の由莉が学校まで一緒に歩いて行った。

 愛子さまが学校での悩みを抱え始めた直後の春休み、ご一家は長野県の奥志賀高原に滞在し、スキーを楽しんだ。そこには、気分転換をさせてあげたいという親としての思いもあったのだろう。

 夕方近くに、こんな場面があった。

 皇太子さまは、上級向けのコースに向かった。愛子さまは、午前中に挑戦したコースがすこし難しかったようで、やや初級者コースのリフトを選んだ。

 雅子さまはペアリフトに、愛子さまと一緒に乗り込んだ。リフトが動き出すと、隣に座る雅子さまは、「楽しみましょう」と言うようにポンと愛子さまの背中を軽くたたき、肩を包み込むように抱いた。

 そこにあるのは、ごく普通の母娘の光景だった。
 

長野県へ旅行に向かうご一家。愛子さまを包み込むように、そっと話しかける雅子さまの表情は優しい=2009年3月、代表撮影/JMPA

 その後、愛子さまはバスケットボール部に入り、東宮御所の職員と休みの日にも練習するほど熱中。学校生活でも笑顔が増え、雅子さまが登校に付き添う光景も減った。中等科の一時期に急激にやせ、体調を崩したこともあったが、雅子さまは愛子さまと適度な距離を取りつつ、娘の成長を見守り続けた。

ドイツから帰国した皇太子さま(当時)を東宮御所で出迎える雅子さまと愛子さま=2011年11月、代表撮影/JMPA

 仲睦まじい親子でありつつも、公私のけじめを小さなころから愛子さまに教えている様子もうかがえる。

 2011年、ドイツへの公式訪問から帰国した皇太子さまを、雅子さまは愛子さまとともに東宮御所で出迎えた。

「お出迎え」も立派な公務のひとつ。9歳の愛子さまは雅子さまの隣でで、「皇太子」である父に深くお辞儀をした。

 その光景からは、東宮家の内親王としての立場や振る舞いをしっかりと愛子さまに伝えていることがわかる。
 

学習院女子中等科の卒業式に向かう途中、沿道からの声に笑顔で応えるご一家=2017年3月、代表撮影/JMPA

■「お話しすると日が暮れてしまうかも」

 2019年4月30日に平成の天皇が退位し、5月1日に令和の皇室がスタートした。

 天皇陛下の即位とともに、雅子さまは皇后となった。11月の祝賀パレードでは、涙をにじませ、目頭を押さえながら沿道の祝福に応えた。

「祝賀御列の儀」の祝賀パレードで涙をおさえる雅子さま=2019年11月、都内

 しかし、「天皇ご一家」となっても、親子の仲睦まじさは変わらない。

 成年を迎えた記者会見で両親との思い出を聞かれた愛子さまは、静岡県の須崎の海にサーフボードを浮かべて3人で座る挑戦をしたものの「見事全員で落下」したエピソードなどを語り、「お話しし始めると日が暮れてしまうかもしれません」と笑いを誘った。
 

那須御用邸を散歩中、愛子さまの手にトンボがとまった瞬間! 愛犬由莉のバンダナは、梅干しやシソ、ゴマのおにぎりのイラストが描かれたユーモアたっぷりの柄だ=2019年8月、栃木県、代表撮影/JMPA

 雅子さまは皇太子妃として、皇后として、30年の人生を歩んできた。同時に母として寄り添い続けた愛子さまは今年、22歳になった。これからも太陽のような笑顔を、人々に見せてくれるに違いない。

(AERA dot.編集部・永井貴子)