天皇、皇后両陛下が明治天皇と昭憲皇太后を祀る明治神宮を参拝した9日は、強い雨に見舞われた。モーニング姿にシルクハットを手にした天皇陛下に続き、白い参拝服で玉串を捧げ、拝礼した皇后雅子さま。強い雨風の中でひときわ目を引いたのは、雅子さまが手にしていた淡いベージュの傘だった。
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この日の午前9時半、最礼装のモーニングに身を包んだ天皇陛下が、明治神宮の本殿へと続く門の前に到着した。大雨に加え風も強まるなか、左手にシルクハット、右手に傘を持ち、境内の石畳を進む陛下。本殿に向かって拝礼し、玉串を捧げた。
そして皇后雅子さまも、午前10時に門の前に到着。雨風はまだ、おさまる気配がなかった。
右手に儀礼用の扇子を持っているため、左手のみで雨風に揺れる傘を支え続けなくてはならない。白いロングドレスとヒールの高いパンプスで石畳を往復する間、強い風が何度も吹き、傘とロングドレスが大きく煽られるほどだった。
雅子さまが持つ美しいベージュ色の傘は、骨組みが細く、優雅ではあったが、しっかりと風に耐えていた。
この雨傘を製作したのは、戦後間もない1948年に東京都台東区に創業した老舗、前原光榮商店。傘は同社の職人によって作られた品だ。
皇室との縁は1963年、皇太子妃だった美智子さまの傘の修理を手がけたことから始まった。その後、昭和天皇のために黒い雨傘を納める機会を経て、同社の職人が作った傘が皇室で使われるようになったという。
同社の3代目、代表取締役の前原慎史さんはこう話す。
「雅子さまがお使いの雨傘は、ライトベージュの優しい色合いの布が使われたお品です。昨年まで販売されていた商品ですが、竹製の手元を革で作り変えた一点物の品です」
■雅子さまの雨傘の布は、富士山麓で織られた
前原光榮商店の傘に用いられている生地は、甲斐織物の産地として知られた山梨県の富士山麓で製造されている。伝統的な機(はた)で、経糸(たていと)を一本一本手作業で織機にセットし、丹念に織られたものだ。
雅子さまの美しいベージュの傘は、シルクのような柔らかさと光沢をもつ布を用いているという。
そして、機能的にも高い傘だ。
屋外での公務では雨の中、傘をさしながら長い時間、説明を受けることもある。前原さんによれば、雅子さまの傘は骨組みにカーボンファイバーを用い、重量は450グラム程度と軽いものだという。
そして今回の明治神宮の参拝のように強い風にさらされても、カーボンの骨組みは曲がっても元に戻るしなやかさがある。一般的な傘は、8枚の布と骨を縫い合わせる8本骨がほとんどだが、雅子さまがお使いの傘は、頑丈でありながら優美な円形を描く16本骨。強度が高いため、強い風にも問題なかったという。
「傘の手元についているタッセルを、中指や薬指など1本の指に絡めて手元を持つと、驚くほど安定してお使いいただける構造になっています」(前原さん)
とはいえ、明治神宮の参拝でも拝礼を終えて本殿から出る瞬間に、雅子さまは女官から傘を受け取ると同時に歩を進めている。タッセルに指を巻く時間はなかなかなさそうだ。
■陛下は皇太子時代からの雨傘を大切にお使い
お人柄がにじむのは、天皇陛下の黒い雨傘だ。
前原さんが振り返る。
「平成の時代に、皇太子だった陛下の雨傘の布を張り替える修理を承ったことがあります。英国製の古い傘でした。長い年月お使いの品でしたので、留学時代にお求めになったものかもしれませんね。明治神宮参拝でお使いの雨傘も、映像を拝見する限り、そのお品のように思います」
修理を重ねて大切に使う陛下の姿勢に、傘の作り手である前原さんは感銘を受けたと話す。
両陛下の後に参拝した上皇さまと上皇后美智子さまも、修理を重ねてご愛用の雨傘をそれぞれお使いだという。
上皇さまはシルクハットはなく、右手で黒い雨傘をお持ちだった。そして美智子さまは左手に扇子、右手だけで雨傘を支えていた。
美智子さまの黒い雨傘の修理も、前原光榮商店の職人が何度か手掛けたという。
「日傘ぐらい小さなサイズで、たたむと素敵な形の雨傘です。いまは軽いアルミ素材を用いた骨が主流ですが、上皇后さまの雨傘は鉄製の中棒が使われた昔の品。見かけはきゃしゃですが、重みのあるため風にも強いと思います」
ときに厳しい気象条件であっても進められる皇室の公務は、表に出ることがない職人たちの技にも支えられている。(AERA dot.編集部・永井貴子)