大谷に寄り添う水原一平・元通訳(左から2人目)

 新天地ロサンゼルスで好調なデビューを果たした大谷翔平だが、そのお祭りムードをかき消してしまうほどのインパクトがあったのが、銀行詐欺の疑いで訴追された水原一平・元通訳の違法賭博疑惑である。『米番記者が見た大谷翔平』(朝日新書)で米メディアの番記者による対談の進行役を務めた日本人ジャーナリストが、締切の都合上、書籍内に盛り込むことができなかった「水原事件」について、共著者たちの本音を聞いた。

 「とにかく驚いた」

 スポーツ専門メディア『ジ・アスレチック』でエンゼルスとドジャースを担当するサム・ブラム記者は、水原一平・元通訳の解雇を知った時のことをそう振り返る。

 「(野球賭博で永久追放された)ピート・ローズ以来のすごいスキャンダルだし、翔平と一平は常に一緒にいたから、『窃盗』なんて言葉を目にしてショックだったよ。一平は、本当に誠実な人だと見られていて、ファンにも愛されていた」

 ブラムは、21年から大谷と水原の関係を近くで見続けていた。『米番記者が見た大谷翔平』の対談では、大谷にとって水原は「親友」や「兄弟」のような関係で、「切っても切れない絆のようなものがあると感じる」と述べた。記者に対して気さくでフレンドリーな水原だが、大谷の情報を漏らすようなことは決してなかった。

 そんな水原が被告人として出廷した姿を見て、ブラムは現実とは思えなかったという。

水原元通訳

 「数年間、一平とは毎日のように球場で会っていた。彼は感情を顔に出さないタイプ。あまり笑顔も見せない。だから、法廷でも普段と変わらない表情だったけど、足枷を着けられている姿はショックだった。気の毒に思う部分もある。お金を盗んだのはもちろんよくないけど、闇の道にはまっていってしまった。悪い人ではないと思うんだ。でも、とんでもなく間違った選択をしてしまった。更生するのに必要な助けが得られるといいんだけど」

■ 「大人になるべき」

 ドジャースの地元紙ロサンゼルス・タイムズでスポーツコラムニストを務めるディラン・ヘルナンデス。母が日本人であるため流暢な日本語を話す。米メディアで日本語が分かる数少ないジャーナリストだ。ドジャースが高校卒業時の大谷を獲得しようと目論んでいた時から、日本にも出向いて大谷を取材している。

 長年の取材で浮かび上がってきたのは、「野球以外のことに興味がない野球少年」という大谷の人間像だったが、本当にそんな「キャプテン翼」のような純粋な人間が存在するのかと疑問に感じていたという。水原のスキャンダルが発覚した時には、「今回のことで本当の大谷の人間性がわかる」と述べていた。

 連邦当局の捜査によると、大谷は自身の銀行口座から1600万ドル(約24.5億円)以上がなくなっていることに気付いていなかった。

 「大谷は自分の銀行口座に一度も携帯からログインしていなかった。本当にお金はどうでもいいんだろうね」

「大谷が水原を親友だと思っていたとしたら、非常にかわいそう」

と、ヘルナンデス。

 ヘルナンデスもブラムも、水原を介してしか大谷とコミュニケーションをとっていなかったネズ・バレロ代理人の対応に問題があったと口を揃える。同時に、ヘルナンデスは「(大谷自身も)グラウンドで少年でいるには、その外で大人になる必要がある」と警鐘を鳴らす。

 「他の人に全部丸投げしてたわけでしょ。野球以外のことは面倒臭いという感じで...。 月に1回くらい口座をチェックするとか、たまに書類に目を通すくらいのことはやった方がいいと思う。アメリカは競争社会で、何をしてでも上に上がろうとする人が多い。とにかく犠牲者になるな、と僕も(自分の子供を)しつけている」

■アンチ大谷?

 大谷だけでなく水原も自らの携帯電話を提出するなど協力的だったことが、連邦当局の捜査を容易にした。

 「一平がかなりのデジタルな証拠を残していたから、捜査は非常に早かった」

とブラム。そして続ける。

 「有罪が確定するまでは、一平は罪を犯していないと見るべきだけど、現時点では、単純明快な事件だと思う。『賭けていたのは翔平で、一平は罪をかぶっただけ』なんていう陰謀説がいまだに出回っているけど、それはあり得ない」

 罪状認否すら済んでいない時点で、水原が大谷やドジャースなどに謝罪したのも、アメリカでは異例である。罪を認めることになり、検察と司法取引を行う上でも、自らを不利な立場に追い込むからだ。

 「アメリカ人だったら、この時点では黙っているのが当たり前。不利になるから」とヘルナンデス。

 ブラムもヘルナンデスも、スキャンダル発覚当初から、「大谷が賭け事を行っていたとは思わない」「大谷の説明も合点がいく」と語っていた。大谷が野球以外のことに興味がない、と取材を通して感じていたからだ。

 それでも、「水原がどうやって銀行口座から送金したのか」「なぜ誰も気付かなかったのか」など疑問は残っていたため、証拠が出てくるまでは断言はできないという姿勢だった。「アンチ大谷」なのでは、と思われるかもしれないが、それが真実を追求するジャーナリストのとるべき態度なのである。証拠がないうちから大谷を信じるというのは、ファンとして肩入れしているに過ぎない。

■ 記者はファンではない

 今回のスキャンダルの報道をめぐって、ヘルナンデスやブラムは熱心な大谷ファンからSNS上で非難を浴びた。『米番記者が見た大谷翔平』の発売も相まって、「大谷バッシングで話題を作って金儲けをしようとしている」とさえ批判された。しかし2人のこれまでの働きぶりを知る者として、普段通りの記者としての仕事を果たしただけだと断言できる。

 米時間3月25日、大谷はスキャンダルについて声明を発表したが、記者からの質問は受け付けなかった。その3日後、ヘルナンデスはロッカールームで大谷に、「水原がどうやって口座にアクセスしたのか」「なぜ誰も気付かなかったのか」を直接、日本語で尋ねた。

 大谷は捜査が進行中なので話せないと答えたが、ネット上では「試合前にそんなことを聞くなんて不謹慎」だとヘルナンデスを非難する声が上がった。

 しかし、メジャーリーグが試合前後にメディアにクラブハウスを開放するように定めているのは、そうしたファンが疑問に思っていることを記者が選手にぶつけられるようにするためなのだ。

 「ファンは何を知りたいのか、読者は何が知りたいのかを考えて質問しに行く」

とヘルナンデス。

 「日本の報道陣も同じことを考えていたはず。でも日本のメディアだと、そういうふうに取材するとファンが怒るから遠慮している。メディアは国民を代表して質問する役だと僕は思っている」

 リーグとしても、メディアに話題を提供することで、知名度や人気の向上が見込める。

 大谷について言えば、熱心なファンが彼をメディアの批判から守ろうとすることすら、彼の能力を過小評価していると言えるのかもしれない。

 「ファンが大谷を庇いたいという気持ちが全くわからない」

とヘルナンデス。

好調を維持する大谷(写真:アフロ)

 「大谷はそこまでメンタルが弱くない。でなければ、こんなに成功していないよ。みんな普通の人の常識を通して大谷を見ている。でも、大谷は本当にすごい。WBCで、みんな期待している場面でも、楽々、活躍できた。普通の人じゃないよ、全然。僕たちも6年間大谷の周りにいたけど、彼の考え方はまだ全然わからない。でも人並みじゃないというのは分かるよね。タイガー・ウッズとかマイケルジョーダンとかバリーボンズ並み」

 私たち3人は決して「アンチ大谷」などではない。かといって、大谷の応援団でもない(個人的には、ジャーナリストとして後者だと思われている方がショックである)。プロのジャーナリストとして、読者の知りたいこと、役立つ情報を探り出して、ありのままに伝えているだけだ。

 「米番記者が見た大谷翔平」でも、いかにして大谷が史上最高と呼ばれる選手たちと肩を並べるような存在となったのかや、日米の報道や文化の違いなどを冷静に分析している。最終章では、ここでも言及した記者としての姿勢についても深く語り合った。

 名門球団ドジャースの一員としてポストシーズンで活躍し、ワールドシリーズ制覇を成し遂げれば、大谷はアメリカ社会で更なる高みに登ることになる。その偉業の凄さや社会的意義を理解する上で、拙著が役立つことを願っている。(志村朋哉)