「長生きするのが怖い」。将来に不安を抱いている人は多いだろう(写真はイメージです/gettyimages)

 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は韓国と日本それぞれで「未来が怖い」理由について。

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「長生きするのが怖い。将来が不安でたまらない。給料が少なく、貯金もできず、物価は上がり続けている。なにしろ政治が悪すぎる。国が人を守らなくて悲しい」

 先日出会った30歳の韓国人女性の言葉である。なにそれ、全く同じよ、同じ、日本も全く同じ、日本の若い人も、というか若くなくても、多くの人がそう感じているよ……と共感しつつ、ふと聞いてみた。

「すごく失礼な話だけど……お給料の額を聞いてもいいですか?」

 他人の収入など聞くものではないが、日韓の収入差が気になった。日本の年収の中央値(平均ではない)は360万円前後と言われているが、韓国の中央値は430万円を超えているという調査もある。私はよくソウルに遊びに行くのだが、衣食住の豊かさは、韓国のほうが充実している印象も受ける。実際、購買力評価による1人あたりのGDP額は日本を追い抜き、韓国が上だ。いったい韓国で生きる30代の女性が「長生きが怖い」とまで言うほどの経済状況は、どの程度のものなのだろう。

 そして結果は、果たしてやはり……というもので、システムエンジニアの30歳の韓国人女性の収入は、税金等を引いた手取りで月30万円は下らず、ボーナスを入れると手に残るのは年500万円は超えるという。システムエンジニアは高給なほうだとは思うが、彼女の実感では同世代と比べても「特別にいいわけではない」とのことだ。そしてため息をつくのだ、「日本は物価が安くていいですよ、私は将来が怖い」と。

「日本の物価、ぜんぜん安くないよ!」と心の中で叫びながら、最近、安いとか高いとか、そんなことばかり言っているなぁと気が付く。特に若い世代と話すと当たり前のようにお金の話になる。

 美容院に行けば美容師が髪を切りながらニーサの話をしてくる。カフェで本を読んでいれば隣の席から「イデコがね」と話が聞こえてくる。書店に行けば小学生が読めるお金の本が平積みになっている。今どき投資をしないほうが「お金を無駄遣いしている」気分にさせられる時代だ。若い世代ほどお金を運用しているし、老後が遠い若い人ほど国をあてにせず自己責任で生きる決意をしている。

 それは日本が貧しくなっているからだと私は思っていた。経済が低迷し、収入が上がる要素が少なく、年金システムが崩壊しつつあるからだと考えていた。ところが、手取り年収500万円の30歳の韓国人女性の強い不安を知り実感するのは、私たちが将来に不安を感じるのは「貯金がいくらあるか」の問題ではなく、ストレートに政治への不信であるということだ。政治に守ってもらえないから、私たちは未来が怖い。

先日、行われた衆議院補欠選挙では、3つの選挙区全てで立憲民主党の候補者が当選した。唯一自民党が候補をたてた島根1区でも自民党候補者が完敗したことは、やはり今の政治への意思表明だろう。それでも、衝撃の投票率の低さは、どう考えたらよいのだろう。長崎3区の投票率は35.45%で過去最低である。東京15区もたったの40.70%で過去最低。当選した立憲民主党の酒井菜摘さんの4万9476票は、前回の衆議院選挙で落選した井戸まさえさんが取った5万8978票よりも低い。自民党との一騎打ちで盛りあがったとされる島根1区でも過去最低の54.62%である。

 2009年に民主党が圧勝した衆議院選挙の投票率は69.28%だった。15年前、この国では政治に怒り、政治を変えたいと思う有権者が7割近くいたのだ。そういう意味で今回の結果は、立憲は自民に勝ったのではなく、自民と同様に「負けた」のかもしれない。有権者の心を掴みきれず、期待もされなかった野党として。

 私自身、もし今回の補選区の有権者だったらどうしただろうと考えてしまう。与党への怒りと不信はあるが、かといって、今の野党に期待できるのだろうか。昔の民主党は「選挙区の世襲」を認めなかったが、今回当選した3人の議員のうち2人は世襲である。若くフレッシュな女性議員に期待はしたいが、その背後で画策しているようにみえる“オジサン”たちの顔は、自民党の“オジサン”たちとどのくらい違うのか。「若さ」や「女性」を濫用しているようにも見える選挙のあり方に、ばかにするなよ有権者をという思いになるのは私だけだろうか。

 韓国人女性が語る将来への不安は、政治への不信と直結していた。それでも、なのか、だからこそ、なのか、先の韓国総選挙での投票率は67%だった。韓国と日本、現状への絶望はとても似ているというのに、選挙で未来を変えられる希望があり、入れたい候補者、入れたい政党がある韓国を、私は羨ましいと思う。権利があるのに投票所に行かないなんてあり得ないと私は思っていたほうだが、それでも「投票率の低さ」こそが、今の日本の民意なのだと思うしかない。政治への興味がないのではない、入れたい党、入れたい人がいないのだ。その深刻さに政治家は真剣に向き合ってほしい。私たちは本当の希望を確信したい。

 そしてこれは余談だけれど。今回の選挙、誰よりも大負けしたのは小池百合子氏だったと思う。たった55日で防衛省を追い出され「I shall return」と名言を残した小池氏の次の「I shall return」はあるのか、見たいような見たくないような……である。