佐野晶哉/さの・まさや 2002年生まれ、兵庫県出身。「Aぇ! group」メンバー。5月15日に「《A》BEGINNING」でCDデビュー。バンドではドラムを担当。音楽大学卒の経歴を生かし、グループではオリジナル曲の作詞作曲も手掛ける。(写真・木村哲夫)

Aぇ! groupの至宝、佐野晶哉。ドラムにギター、サックス、ピアノ。数々の楽器を操り、作曲もお手のもの。声楽を学んだ高校時代の思い出や曲作りのこだわりなど、音楽トークに花が咲くも、気づけばメンバーやファンへの思いが溢れて──。週刊朝日2023年4月14日号より

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──Aぇ! groupとはどんなグループ?

 何事も、自分らが自分らのことをおもろがりながらやってるグループですね。学校にあのメンバーおったら、絶対、固まることないですもん(笑)。各々ちがうところで変なことやってる。でも毎日一緒にいてしんどくなったことは一回もないです。もちろん仲もいいけど、仲のよさともちがう、お互いをすごい尊敬しあっているからこそ出る雰囲気があります。

──グループ結成時から連帯感はあった?

 いや、初めはどう打ち解けていいかもわからんし、(末澤)誠也くんなんてそれまでしゃべったことなかったし。僕もまだ高校生やったんで、正直、グループって何なんやろみたいな感じでした。

 でも、2019年の「僕らAぇ! groupって言いますねん」っていうお披露目の舞台からは変わった気がしますね。1カ月みんなで東京に宿泊して、ホテルの部屋に料理持ち寄るぐらい仲よくなって。

 誠也くんも「いじってええんやで」っていうオーラを出して近づいてきてくれた。千秋楽には号泣して、ああ、もうずっとこのメンバーでやっていくんやって思いました。

──グループでは最年少ですが、年齢差は自然と気にならなくなった?

 俺、5個上のお兄ちゃんがいて、いじられたりいじったりしてきたので、もともと年上の人としゃべるほうが得意なんです。それに、ちっちゃいころから劇団でミュージカルをやってたんで、なんなら小学生なのに30、40代の人とばかり一緒になったりとか。だから、今(の末っ子のポジション)は楽ですね。

■「1年休みます」とマネージャーに電話を

──今までで、一番しんどかった時期は?

 Aぇ!になる前ですかね。って言っても、僕、(事務所に)入ってすぐにマイク持ったり、本当にめちゃめちゃ恵まれてたほうなんです。

 同世代で一緒に前出るメンバーがおらんかったから、なにわの4人[※現在のなにわ男子メンバーである、大西流星、道枝駿佑、高橋恭平、長尾謙杜のこと]と一緒に曲歌わせてもらったり、(現在のAぇ! groupメンバーの)正門(良規)くんと小島(健)くんと一緒にトリオでバンドしたり。

 でもなにわの4人との壁はすごかったし、Aぇ!の二人とも同じところにはいられてなかったから、ほんまどっちつかずな感じで、きつさはありました。

 そのなかでコントとかで頑張って前出て、みたいなころ、なにわ男子ができたんですけど、しんどさはまったくなくて、関西にグループできたって素直にうれしかって。そのあと同期が3人入ったLil かんさいってグループができたときも、おー、同期もグループ組んだよ、すげーって。

 で、そのあともう一グループできるぞみたいな噂が流れてきて、そこに正門、小島が入ってバンドできんくなったら俺居場所なくない?ってなりました。もう高2やし、受験して大学でちゃんと音楽勉強するかって思って、マネージャーさんに「1年休みます」って電話しましたね。

──落ち込んだり、腐ったりはしなかった?

 だってまだ(入所して)3年目4年目とかの、腐れへんペーペーやったんで。アイドルはめちゃ楽しかったですけど、執着ができたのはAぇ!に入ってからなんで、吹っ切れた感じでしたね。

 そのときの自分としては悔しさはあったけど、今思い返すと、十何年ずっと頑張ってきてっていう人たちとか、Aぇ!のほかのメンバーと比べたら、全然大したことない悩みやったと思います。

──その後、小島さんの力添えもあって無事にAぇ! groupメンバー入りを果たしたそうですが、音楽面での、自分たちの強みは?

 熱量というか、身を削ってやってる感じというか。メンバーそれぞれの声の個性と、それがそろったときの圧力も強みやと思います。「Aぇ!と言ったらこのジャンル」みたいなのはまだ見つけられてないです。キラキラはもちろん……もちろんって言ってええやろ(笑)、ちがうし、どっちかっていうとギラギラやと思うんですけど。

■音楽は人柄とか全部含めて伝えるもの

──今後ライブで挑戦してみたい楽器は?

 ルーパー(という機材)を使うと、ギターを弾いたらその場で録音して会場に流しながら、そこに自分でドラムを足して、ベースも足して……って積み重ねていける。今は実力的にできないけど、いつかその場で音が生まれていくような見せ方をしたいです。

──高校は音楽科で声楽を学んだとのこと。どんな学生生活だった?

 40人クラスで女子が34人だったので、女子校にいる感覚で過ごしました(笑)。最初は生きていくために男子6人で固まるんですけど、1年ぐらいで男女の壁もなくなって。高校は学生のなかで一番楽しかったですね。

 3年間お世話になった声楽の先生が、(卒業間際の)授業の最後に歌を歌ってくれたんですけど、ずっと号泣してて、演奏としてはボロボロやったんですよ。でもそれを見ながら40人が泣いて。音楽ってテクニックじゃなくて、人柄とかドラマとか全部含めて人に伝えるもんなんやなーって教えてもらいました。それはAぇ! groupとしても大事にしてます。

──普段、どうやって曲を作り出している?

 毎回、あー無理や、って泣きながら作ってます(笑)。悩んだときは、3時間ぐらい家の周り歩いたり、いったん忘れますね。悩まへん時間を作ったら考えたときにパッて出てくることもあるので。

 自己紹介ソング[「僕らAぇ! groupって言いますねん」]のサビは、(出演した映画)「20歳のソウル」の試写会で佐藤浩市さんがしゃべってるときになぜか急に思いついて、やっば!と思って、楽屋に帰ったらすぐ携帯に吹き込みました(笑)。

──曲作りにおいて、こだわりはある?

 メンバーの魅力を引き出すこと。プロの人からも提供していただける状況でメンバーが楽曲を作るメリットって、グループの一人ひとりを輝かせられる曲を作ってこそやと思うんで。メンバーが歌いやすい音域はたぶん一番理解してるし、このフレーズこの人が歌ったらファンの子に響くよな、とかも意識してますね。

──今後作りたい曲の構想はある?

 1年ぐらい前、誠也くんが「詞書いてみたいねんな」って言ってて、「じゃあ俺、曲書きますよ」って言ったまま止まってて。で、この前、観覧車が一周する間(メンバーと)二人でしゃべるっていうYouTubeの企画を撮ったとき、「詞書くって話、どこ行ったんすか?」って聞いたら、「いいタイミングで、ファンの人に覚悟伝えて、ついて来てもらえるような曲を作れたらなー」って。そんなあっつい話をしてたら、あつすぎたのか全カットされてましたけど(笑)。

 誠也くんはAぇ! groupめちゃめちゃ好きやし、俯瞰で見てるから、ファンの人にどんな言葉で届けるのかすごい興味あります。曲のイメージは、声をからして歌う応援ソングですかね。

[表紙]Aぇ! group佐野晶哉/週刊朝日2023年4月14日号(写真・木村哲夫)

■コントコーナーでファンをふるいに

──デビューという夢について、メンバーと話すことはある?

 あー、全然あります。最初はなぜかデビューっていうのを口にしてなかったんです。雑誌とかで夢を聞かれても、みんななんかちがうこと言ってて。でも1年経ったぐらいのとき、みんなで集まって、「俺らの夢って何やろ?」「まずデビューって言ってみませんか?」って誰かが言って、各々口に出すようになりましたね。

 最近は、ほんまめっちゃしゃべってます。特に小島くんとはそういう話になりますね。「全国ツアー終わったら俺ら何してるんやろう?」とか。2023年の(デビューへの)意識はそれまでとはちょっとちがう部分があると思います。ファンの人も感じ取ってくれてると思うし、YouTube(のコメント)とかほんまにありがとうって感じです。

──デビューするために必要だと思うことは?

 未完成やからこそ応援したいと思ってもらえるグループでありたい。バンドなんかみんなヘタクソやけど、この熱量、がむしゃらさを忘れへんかったらいつか(デビュー)できるかなって信じてます。俺もダンスとか苦手意識があるけど、リチャ末[草間リチャード敬太&末澤]に食らいついてやろうっていう気合で踊ってます。

──佐野さんといえば、コントでもいつも全力で暴走されています。

 小島健と佐野晶哉は、ライブの序盤で増やしたファンをコントコーナーでガッサガッサふるいにかけてます。こんな俺でもついてきてくれるかって(笑)。選ばれしデカめのボールしか残んないですよ。やから、「僕らのことを好きな人はたぶんずっと好きでいてくれるよな」ってこの間二人で話しました。あんなぶっさいくな女装しても緑のペンライト持ってくれて、ありがとうございます。

(構成・大谷百合絵)

※週刊朝日 2023年4月14日号