スカイスクレイパーの社長に就任した諸沢莉乃さん(撮影/小山歩)

 22歳の「新社長」は瞬く間に世間の耳目を集めた。今年5月、諸沢莉乃さん(22)は「カレーハウスCoCo壱番屋」などをフランチャイズで運営するスカイスクレイパーの社長に就任した。すでにメディアにも数多く登場しているが、22歳で社長になるというプレッシャーとはいかなるものなのか。SNSで「お飾り」などと言われることに胸を痛めてはいないだろうか……。諸沢さんのことを勝手に心配している、プレッシャーに弱い新米記者(24)が“同年代”として会いに行ってみた。

*  *  *

 取材場所は、てっきりオフィスの“社長室”だと思っていた。だが、指定された「CoCo壱番屋」の都内店舗に出向くと、近頃メディアでよく見かける諸沢さんが普通に接客をしていた。

「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
「あの、今日取材をさせていただくAERA dot.の小山と言いまして……」
「ああ、小山さん! ありがとうございます! お待ちしておりました!」

 冒頭から、満面の笑みで“接客”をされ、いささか面食らう。社長というと、大きな社長室で書類にハンコを押したり、偉い人たちと会議をしたりしているイメージがあったが、諸沢さんの場合は全く違うようだ。

「まだ実家で暮らしていますし、電車で1時間半くらいかけて会社に通っています。今の楽しみは、仕事終わりのビールですね。もう最高なんですよ! それを楽しみに仕事をしています(笑)」

新人の指導をする諸沢さん(撮影/小山歩)

■ひとり暮らしをしない理由

 店舗のバックヤードのようなところで取材を始めると、諸沢さんは表情をクルクル変えながら、楽しそうに語る。お酒を飲むのが好きで、特に汗をかいた後のビールは最高だと喜々として話す姿は、「社長=年配のカタブツ」という記者の中で凝り固まった考え方を一変させた。

 いまだ実家暮らしなのも、理由があるらしい。前社長の西牧大輔さん(現会長)からは「社長になったのだから都内で自宅兼事務所という形でひとり暮らしをすればいい」と提案されたというが、諸沢さんは固辞したという。

「仕事に集中したいんです。ひとり暮らしはしてみたいとは思いますが、慣れないことをして自分のメンタルコントロールなどがおろそかになって、人に迷惑をかけることはしたくないんです」

 取材をしてすぐに感じたことだが、諸沢さんの話は聞いていて飽きない。話のテンポや話題の興味の引き方から、コミュニケーション能力が異様に高いことがわかる。諸沢さんは19歳のときに、全国の店舗から選ばれる接客スペシャリストの称号「接客スター」を最年少で獲得しているが、わずかな時間でも相手の心をつかめるのは、やはり才能なのだろう。

 22歳で社長になるという“偉業”について、周囲の友人たちはどう思っているのか。

「やっぱり、最初はあまり友達にも言えなかったんですよね。でも、本当に仲の良い友達で集まった時に、今後の進路のこと聞かれたので『実は、社長になることにしたんだよね』って言ったら、皆、びっくりしていました(笑)」

新入社員への指導もとにかく一生懸命(撮影/小山歩)

■全ての日報を読み全社員の顔を覚える

 もちろん、たけているのは話術だけではない。

 アルバイトから社長になった諸沢さんは、自らに課していることがある。それは「従業員が何を考えるのかを徹底的に知ろうとすること」。通勤時間の1時間半などを使って、必ず全27店舗、計160件ほどの社内日報のすべてに目を通す。また、全店舗、全従業員の顔を必死に覚えるという。それは、自分が目指すべき社長像が明確だからだ。

「(前社長の)西牧会長は、全社員の顔を覚えていて、いろんな社員の意見を知るために各店舗を常に回っていた。そこで店舗の状況を見たり、積極的にコミュニケーションをとって従業員の考え方を大切にしていたり、会社をよくするためにとにかく『知ろう』としていました。私は、その西牧会長の考え方がとても好きなんです。本当は、『社長』って、何でもできて、テキパキとトップダウン式に指示を出させる方が早いのかもしれないけれど、私はそういう社長ではないです。現場で一緒に汗かいたり、私が得意なことは教えるし、苦手なことは私が教えてもらう。数字はもちろん大事だけど、西牧さんが大事にしてきた、みんなで考えられる会社を大切にしていきたい。そういう“寄り添える”社長でありたいなと思います」

新入社員に仕事のやり方を教える諸沢さん(撮影/小山歩)

■後ろ向きな言葉も「ダメージにはならない」

 社長になって約3週間。実際に就任してからかかるプレッシャーや苦労はなかったのだろうか。社員の生活を担うことなど責任の重さもこれまでとは比べものにならないだろう。だが、諸沢さんは「不思議とプレッシャーはない」と話す。なぜなら、自分の中に、絶対に“人の役に立ちたい”という強い思いがあるからだという。

「もともと、誰かののために汗をかいていられる人でありたい、と思っていました。小さいころから誰かのために動いている人が好きで、ボランティアをしている人や、災害の時にトラックにいっぱい荷物を詰めて支援に向かう人とかにとても憧れがありました。 そういう仕事をしている人を尊敬する気持ちがあったことで、私も人のために汗をかいて、人の笑顔の横で仕事したいと思うようになりました」

 “誰かのために汗をかくこと”に年齢は関係ない。社長でも同じだ。社長として目指すべき方向がはっきりとあるからこそ、SNSなどでの心ない書き込みにも動揺することはない。

「たまにSNSでは(社長就任は)『お飾り』などと書かれることもあります。でも、自分が社長になって、自分の顔を見て会社が注目されて、それが従業員などの笑顔につながるならそれでも良いと思っています。後ろ向きな言葉を言われても、人の笑顔につながるならあまりダメージにはなりません」

カレーを提供する諸沢さん(撮影/小山歩)

■「責任って得しかない」

 仕事のスキルや経験値以上に、諸沢さんのすごさは、この“胆力”だろう。人の笑顔につながることならできることは何でもやってやる、という思いは執念すら感じさせた。

 そして最後に、記者も含めた同年代に対してこんなメッセージをくれた。

「転がってきたチャンスには『面白そう!』って飛びついていいと思います。私も自分で事業を興したわけではないですが、社長就任という転がり込んできたチャンスがあったから、こうして取材をしてもらえるようにもなりました。成功するかなんてやってみなければわからないし、もちろん正解なんてない。だから、責任ある立場を与えられることは自分を大きくするチャンスだと思ってチャレンジしてほしいです。そう考えると『責任って得しかない』と思います。私も社長は“ゴール”ではありません。もっと笑顔を増やせると思ったらそっちに行くかもしれないし。挑戦の途中ですね!」

 そう言うと、諸沢さんは「今から接客なんです!」とうれしそうに店舗に戻っていった。

(AERA dot.編集部・小山歩)