「打者だったらどこまでいったか」といわれる阪神・秋山

 横浜スタジアムがどよめきに包まれた。大きなアーチを放ったのはDeNA打線に並んだ筒香嘉智、オースティン、牧秀悟といった長距離砲ではなく、意外な伏兵だった。

 今月18日の中日戦。1点リードの2回2死一塁で打席に立ったのは、DeNA先発のサブマリン右腕、中川颯。中日の左腕・松葉貴大の肩口から入ったカーブをすくい上げた打球は右中間中段へ。構え、スイング軌道、美しいフォロースルーは、大谷翔平(ドジャース)を彷彿とさせた。衝撃の一撃に、マウンド上の松葉は苦笑い。プロ初アーチを放った中川は本職の投球でも6回5安打2失点の粘投で、今季2勝目をマークした。(記録は5月23日終了時)

大谷を思わせるスイングで本塁打を放ったDeNAの中川

 中川は昨季までパ・リーグのオリックスに在籍し、指名打者制のため打席に立つ機会がなかったが、高校時代は桐光学園のエースで4番として通算26本塁打を記録している。神奈川県の高校野球を取材するスポーツライターはこう証言する。

「当時から打撃センスは光るものがありました。パンチ力があり、追い込まれるとタイミングの取り方を微調整してヒットゾーンに飛ばしていた。投げ方が独特なアンダースローということも影響しているでしょう。体の使い方が非常にうまい。大谷の打撃フォームを参考にしたという記事を見ましたが、センスのある選手は形態模写でコツをつかむのがうまい。中川は投球だけでなく打撃での活躍も楽しみですね」

U-18W杯では打撃でも貢献した桜井(現・楽天)。プロではまだ勝ち星がない

 野球センスが一流の投手は打撃も非凡なケースが多い。過去には桑田真澄、松坂大輔、川上憲伸らが、抜群の打撃センスを見せていた。現役の投手では、今永昇太(カブス)、柳裕也(中日)、森下暢仁(広島)が打撃の良さで知られる。特に森下は明大時代、登板機会がない試合に代打で出場するなど二刀流で活躍。広島でも殊勲打を幾度も放ち、今季も13打数4安打、打率.308というアベレージを残している。

 上記に挙げた選手たちは各球団のエース級で活躍している。これから二刀流に挑戦することや、野手に転向してプレーするのは現実的ではないだろう。ただ、プロ野球関係者たちが、「投手よりも打者で見てみたい」と口にする選手がいる。

■「清宮キラー」はU-18日本代表の5番打者

 複数の球団関係者が名前を挙げたのは、楽天の桜井周斗だ。

 日大三高では左腕から縦に鋭く落ちるスライダーを武器にして、2年の秋季大会の決勝・早稲田実業戦で高校№1スラッガー・清宮幸太郎(日本ハム)を5打席連続三振。「清宮キラー」として注目を集めた。3年春のセンバツでは初戦の履正社戦で敗れたが、高校球界を代表する長距離砲・安田尚憲(ロッテ)から3打席連続三振を奪っている。

 桜井がプロのスカウトから熱視線を浴びたのは、左腕の好投手という一面だけではない。打者としても対外試合で高校通算32本塁打を記録。3年夏の甲子園を終えた後に開催された U-18W杯では、日本代表の3番・清宮、4番・安田、6番・中村奨成(広島)と、ドラフト1位のタレントが並ぶ強力打線で5番打者を任され、打率.333、5打点の好成績で銅メダル獲得に貢献している。

 在京球団のスカウトは、「コンタクト能力の高さで言えば、当時の桜井は清宮、安田より上でした。懐が広く、点でなく線で捉えるスイングをする。速い直球に差しこまれないし、変化球にも器用に対応していました。長打力もありますし、近藤健介(ソフトバンク)と重なります。今でも打者で見てみたいと思わせる選手です」と評する。

 桜井は日大三高からドラフト5位でDeNAに入団。「二刀流挑戦」もささやかれたが、本人の強い意向により投手で勝負することに。DeNAでは6年間在籍して通算47試合登板し、0勝1敗2ホールド。昨オフ、現役ドラフトで楽天に移籍した。移籍1年目の今季は5月10日に1軍昇格。救援で4試合連続無失点と好投していたが、0−21と大敗を喫した21日のソフトバンク戦で2番手として登板し、1回6安打6失点と打ち込まれ、防御率を10.13に落とした。

野手へ転向して開花した代表といえる糸井嘉男

■貧打の西武にも「打撃に定評ある投手」

 パ・リーグ球団のあるスカウトは、西武の山田陽翔の名を挙げた。

 近江高では甲子園に3度出場し、大会通算11勝は松坂大輔、島袋洋奨と並ぶ歴代5位タイ。打撃にも定評があり、高校通算31本塁打をマークしている。3年夏の甲子園3回戦・近江戦でバックスクリーンに放った満塁アーチは強烈だった。ドラフト5位で西武に投手として入団したが、前出のスカウトは「僕の評価は断然野手ですね」と言う。

「下半身のパワーを上半身と連動させ、スイングスピードが速いので思った以上に打球が飛ぶ。高めのボールをスタンドに運ぶ技術は教えられるものではない。打席に立った時に怖さを感じる選手はなかなかいません。キャプテンシーがあるし、野手としても面白いと思います」

 高卒2年目とまだ若い。投手として将来の先発ローテーション入りを目指すが、西武は若手の野手陣が近年伸び悩み、今季は深刻な貧打で最下位に低迷している。本人の意思もあるが、高い打撃センスを兼ね備えた山田を今後どう育成するか気になるところだ。

■打者として20本塁打超の可能性

 セ・リーグのある編成担当が、「33歳という年齢を考えるとこれからの野手転向は厳しいですが、打者だったらどこまでいったか見たかった」と名前を挙げたのが阪神の秋山拓巳だ。

「西条高校の時から打球の速さ、飛距離がすごかった。もちろん投手としても評価が高かったですが、スラッガーはなかなか出てこない。プロの世界で打者として挑戦したら20本塁打超の打者になった可能性は十分にあると思います」

 秋山は2ケタ勝利を3度マークするなど先発ローテーションで活躍していたが、近年はファーム暮らしが長くなり、昨年は2試合登板で未勝利。今季はまだ1軍登板がない。

■野手に転向して首位打者をとった糸井

 過去の歴史を紐解くと、投手から野手に転向して才能を開花させた選手は少なくない。代表的な例が雄平、糸井嘉男だろう。

 雄平は150キロを超える直球を武器に東北高で「高校№1左腕」と称され、ドラフト1位でヤクルトに入団したが制球難を克服できず、プロ8年目の10年に野手転向。14年に打率.316、23本塁打、90打点をマークしてベストナインに選出されるなど主力打者として貢献した。
 糸井は近大から日本ハムに自由獲得枠で投手として入団したが、プロ入り2年間は「鳴かず飛ばず」で3年目に野手転向。高い身体能力を生かしたスケールの大きいプレースタイルで首位打者、盗塁王を獲得し、外野の守備でもゴールデングラブ賞を7度受賞。球界を代表する選手として活躍し、41歳までプレーした。

 野手となっても、投手として過ごした時間は決して無駄ではない。野手転向を決断し、雄平、糸井のように光り輝く選手が今後誕生するだろうか。

(今川秀悟)