古賀茂明氏


 裏金問題で窮地に陥っている岸田文雄首相と自民党。

 支持率は最低レベルに張り付き、衆院補選を含めた地方選挙では連戦連敗で、将棋で言えば完全に「詰み」という状況だ。

 東京都知事選挙でも独自候補を出せず、小池百合子知事の支援に回って負けを回避しようと考えていたら、その小池氏の力に翳りが見える上に、立憲民主党が蓮舫参議院議員という切り札を出してきたことで、首都決戦で敗戦となる可能性も高くなってきた。

 いずれにしても、この状況では、今国会終盤での解散総選挙という選択肢はほぼ封殺されたという見方が永田町界隈で広がっている。

 しかし、そうなれば、都知事選挙の結果に関わらず、9月に予定される自民党総裁選挙は約1年以内に行われる衆議院選挙と来夏の参議院選挙のために、国民人気のある総理総裁を選ぶ選挙になってしまう。もちろん、国民に完全に見捨てられた岸田首相に勝ち目はないし、そもそも総裁選に出馬することすらできない可能性が高い。

 そこで潔く諦めて、キングメーカーとして影響力を残そうなどということを岸田氏が考えるかというと、彼はそんな立派な人間ではなさそうだ。現に、今もなお、悪あがきを続けている。

 仮に今国会会期中の解散総選挙ができなくても、政治資金規正法の改正を公明党の協力を得て今国会で実現させて裏金問題を一段落させるというのが岸田首相の元々の目論見だった。そうすれば、6月23日の国会閉会後は野党の批判にさらされる機会が減り、その後は定額減税に加え、春闘の結果を反映した賃上げとボーナス増加、7月3日の新札発行、夏休み、パリ五輪・パラリンピックでの日本選手の活躍、そしてお盆休みとお祭り騒ぎが続く。それで支持率がある程度回復すれば、9月の総裁選にも望みが持てるということだ。予想以上に支持率回復となれば、9月初めに臨時国会召集で冒頭解散ということだってあり得る。

 岸田首相はそう考えていたかもしれない。

 しかし、先週前半に示された政治資金規正法改正案の自民党一次修正案(中身はないが、3年後見直しなどでお茶を濁そうというもの)では、かえって国民の怒りを招くことになり、事態は収まるどころか手のつけようもないくらい悪化してしまった。

 それを見た公明党は、自民と「同じ穴のムジナ」とみられることを恐れ、土壇場での合意拒否という裏切り行為に出た。追い詰められた岸田首相は、総裁選に望みをつなぐために、自民党内の反対など完全に無視して、公明党の修正案を丸呑みした。それと同時に日本維新の会が出してきた政策活動費の領収書10年後公開という修正案も、毒皿とばかりに、丸呑みして、野党も賛成する修正案という形に持っていった。

 ただし、その中身は、結局、企業団体献金も政治資金パーティーもさらには政策活動費も全て温存するという、本来あるべき改正案からは見れば、0点をつけられても仕方のないものだ。これで国民をなだめるのはかなり難しいだろう。

 さらに、起死回生の一打になるはずだった定額減税も、手続きが煩雑で中小企業などから怨嗟の声が上がり、給与明細への減税額の記載を義務付けたことで、バカにするなと国民の怒りを招く始末。やることなすこと全て裏目に出ている。

 

都知事選への立候補を表明し、会見する蓮舫氏(24年5月)


 前述のとおり、東京都知事選挙に蓮舫氏が出馬し、しかも、小池氏と自民党の協力関係をうまく利用して、裏金問題を都知事選の争点にしようという妙手を繰り出したのは、裏金問題を忘れさせようとする岸田氏には特に痛い。

 「批判ばかりの蓮舫」という批判を展開しても、裏金に怒り心頭の都民・国民には、「何言ってんだ。批判されることをする自民の方が悪い」と返されて、またもや裏金問題に焦点が当たるという悪循環になっている。

 今後、裏金批判を恐れた小池氏が自民との関係を断てば、小池氏が勝っても自民勝利とは言えず、逆に小池氏が自民と裏の協力をすれば、おそらくそれが原因で小池氏が負けるということになりそうだ。いずれにしても、都知事選で小池氏に乗って「勝利」を演出し、立憲など野党の勢いを止めるということはできそうにない。

 つまり、岸田氏の命は9月の総裁選までとなる可能性が高いということだが、そう考えると逆に、岸田氏は、一か八かの大博打で会期末解散を行うという選択肢を捨てるわけにはいかないのではないだろうか。

 もちろん、自民党議員たちが岸田氏を羽交い締めにしてそれを阻止しようとする可能性が高いが、首相の権力は非常に強い。全閣僚が反対し、麻生太郎副総裁や茂木敏充幹事長が絶対反対と叫んでも、岸田氏がやると決めれば、解散はできないことはない。

 やるとすれば、立憲民主党などが内閣不信任案決議を提出したタイミングだろう。立憲がそれを恐れて逡巡すれば、陰で腰抜け批判を展開して不信任案提出に追い込むこともできる。不信任案を出されれば、国民に信を問うという大義名分で解散できる。

 そんなバカなことが起きるのかと思うかもしれないが、最近はバカなことしか起きないのが日本の政治だ。岸田氏は、意外に博打打ちの素質がある。

 突然自派閥の解散を打ち出して世間を驚かせたが、その結果、自民党の派閥は麻生派を除いて全て解散表明に追い込まれ、派閥政治は少なくとも表向きは崩壊し、首相の権力だけが突出する結果となった。

 岸田首相は、それくらい破壊力のある賭けに出ることができるということは覚えておいた方が良い。

 そこで、岸田首相がヤケクソ解散という大博打に打って出た場合のシミュレーションを考えてみたのだが、意外と面白いことになりそうだ。

 「もし」ということを言えばキリがなくなるので、一つのストーリーに絞ってみたい。それは、無謀な選挙の結果、予想どおり、自公過半数割れに陥るという筋書きだ。

 その場合、リベラル勢力は、「政権交代だ!」と喜ぶかもしれないが、実は、そうなるとは限らない。外交・安全保障や憲法改正問題などについてかなりの隔たりがある立憲や共産党などのリベラル政党と日本維新の会や国民民主党のような右翼政党などが連立するには、かなり高いハードルがあるからだ。

 一方、維新と国民は自民との政策の親和性が高い。公明党よりもはるかに自民に近いと言ってもよいだろう。とりわけ、自民保守派から見れば、彼らが重視する憲法改正や安保政策では、いつも公明に足を引っ張られてきたという思いがある。

 公明と組むのに比べれば、維新や国民との連立など全く問題なしということになるだろう。

 維新の馬場伸幸代表は、かねてから立憲は叩き潰すと豪語してきたくらいだから、立憲との連立よりも自民との連立の方に傾くはずだ。裏金問題でも、維新は、個人向けパーティーは残したいし、政策活動費についても新しい制度を作ると言って、10年間使途公表しないという今回の修正案のもとになる案を出していた。金権政党という意味でも、立憲よりもはるかに自民に近いのだ。

 そう考えると、立憲、共産、れいわ新選組などのリベラル勢力だけで過半数を取れなければ、自民党政治を終わらせることはできないことがわかる。しかし、そこまで行くのは極めてハードルが高いというのが公平な見方ではないだろうか。

 今回考えたシナリオでは、自民は大負けするが、それによって自公国維4党連立政権誕生となり、憲法改正や軍拡路線に前向きな純粋右翼政権が誕生するということになる。

 それは、政策本位で考えれば、自民党としては、むしろ今よりも望ましい政治ができるということを意味する。

 岸田首相は、この連立で首相の座にとどまることはできるのかというと、普通に考えると大敗した責任を問われて、総裁交代になる可能性が高いだろう。

 だが、連立交渉の中で、維新と国民が、首班指名は「岸田文雄」でという条件を出してくれれば話は別だ。

 もしかすると、今回、そういう裏の取引が行われたのではないか。

 岸田首相が、わざと自民が負けるような政策を続ける代わりに、本当に負けたら、維新と連立を組む。その時の条件として岸田首相継続を提示してもらうという取引だ。

 そのために、岸田氏が、官房機密費やまだ存在が許されている政策活動費を使って維新を密かにサポートする、などという「妄想」も湧き起こる。もちろん、証拠は残らない。

 こんな「一見バカげた予想」について書いたのは、実は、一口に政権交代とは言っても、それは単なる野党過半数では足りず、自公国維の4党連合よりも議席を多く取らないと、本当の政治の変革はできないということを言うためである。

 しかも、これは、今国会での会期末解散総選挙に限った話ではない。自民党総裁選後の解散総選挙、あるいは、来年の任期満了による総選挙でも同じことだ。

 裏金疑惑で自民を追い詰めたと思っているのでは、まだまだ甘い。

 その先のストーリーを考えなければならないのだ。

 (実は、「その先のストーリー」についても頭の体操をしたのだが、その話はまた次の機会にしておこう。)