清水国明氏

 TBS系の情報番組「噂の! 東京マガジン」で、1989年の番組開始から出演してきたタレントで実業家の清水国明氏(73)が、都知事選への立候補を表明した。タレントとしての側面が目立つが、経営者としての手腕も相当のようだ。持ち前の発想力と行動力で、IT関連からアウトドア、災害対策など幅広く手掛けている。そして、プライベートでも3回の離婚、4回の結婚と“濃い”人生を送っている。

「(『噂の! 東京マガジン』総合司会の)森本毅郎さんに、都知事選に立候補したい、と伝えると、『おもしろい、よし、頑張ってこい。もっと若かったら俺がやっていたよ。もう番組に戻らないつもりで突っ走れ』と背中を押されました」 

 各地で起きているトラブルなどを取材する同番組の人気企画「噂の現場」では、リポーターとして取材に行った現場は延べ約1700カ所にのぼるという。 

「『噂の現場』というのはタレコミ、口コミで寄せられた情報から動いて、いろんな問題を見聞きしてきました。それを今度は政治の世界で解決したい」

 都知事選への出馬を考え始めたのは、昨年の暮れあたりという。 

■一番時間を使ってきたのが災害支援

「周りから『都知事選へ出てみないか。可能性あると思うよ』という話があったんです。迷ってもんもんとしていました。最終的に決めたのは今年の元旦、1月1日です」 

  正月、清水氏は自身が所有する瀬戸内海の無人島で、のんびり海釣りを楽しみながら今後のことを考えていたという。すると突然,能登半島で大地震が起きたというニュースが飛び込んできた。

 すぐに釣り道具を片づけて本島へ向かい、そこから車で計30時間かけて東京へ戻った。清水氏が経営する会社で販売していたキャンプ用のテントとシュラフを車のバンに積み込み、能登半島に向かった。その道中で、都知事選に立候補したいとの思いが強まったという。

「これはご先祖様がやれと言っているのかなと。災害ボランティアとか支援については、自分の人生の中で一番、時間を使っているんです。だから、自分のキャリア、知見を生かしたいと思いました。それをせずにこのままフェードアウトしてしまうのは“罪”だなと」 

 清水氏は、首都直下型地震を強く意識しているという。

「備えあれば憂いなしなのに、現状では備えが全くと言っていいほどできていない。東京で直下型地震が起きたとき、東京の街がどうなるかというのは予測ができるわけです。東京というのは耐震化、不燃化とかいいながらまだ何もしていない建物も多い」

 もし都知事になったら、具体的にはどのような防災に取り組むのだろうか。

「近隣の県や市町村ともっと連携してはどうかと思う。東京の郊外でもちょっと出たら自然がいっぱいでいい場所がある。そういう地域に避難所やキャンプ場を造る」

■トイレも風呂もプライバシーもある

 避難所といっても、よくある体育館のような施設ではないという。 

「東京の周辺地域にトレーラーハウスを20万戸設置したいです。災害が起きたとき、被災地にとどまるのではなく、郊外のトレーラーハウスへ一斉に行けば、安全で快適に過ごせます。トイレも風呂もプライバシーもある。建物の基礎もいらないし、地面に置いておくだけ。大型車でトレーラーハウスを引っ張って移動することができる」

 自身が力を入れてきた災害関連以外で、もう一つ、注力してきたアウトドアから発想を得たという。

「平時は自然豊かな場所で、魚釣り、山登り、バーベキューができる。そうした場所を提供しておけば、平時から自然と災害に耐えうる力がついていくわけです。都の予算で造っておいて、県や市町村などの自治体にも収益が落ちるような形にしておけば、東京の疎開先がいっぱいできるわけですよ。1泊2500円くらいで泊まれるように設定したいですね」

 日常で楽しめるトレーラーハウスを平時は「楽しみ」として運用し、災害発生時には避難場所につなげるという考えだ。ただ、 トレーラーハウスは1台500万円くらいかかるというが、予算は大丈夫だろうか。

「20万台ですから1兆円くらいかかるんです。だけど、東京都の予算は19兆円もあるんだから可能なんですよ。いっぺんに全部準備しなくても、毎年少しずつ増やしていけばいいんです。こうしたトレーラーハウスの災害時の利活用は私が全国初で提唱したんですが、今になって内閣も検討するようになりました」

清水国明氏(本人SNSから)

 清水さんは、福井県大野郡和泉村(現、大野市)の出身。高校卒業後、京都産業大学に進学し、同じ大学の後輩の原田伸郎、笑福亭鶴瓶らと音楽活動を始め、1973年に原田とフォークデュオ「あのねのね」で芸能界デビュー。デビュー曲はコミックソングの「赤とんぼの歌」でこれが大ヒットとなり、その後も音楽やラジオ、テレビなど、現在まで長く活動を続けている。

 その清水氏、冒頭でも触れた「噂の! 東京マガジン」のリポーターとしての顔が最も知られているかもしれないが、タレント業と同時に会社経営者としての顔も持つ。現在は6社を経営し、2社の取締役をしているという。

 たとえば、山口県周防大島町で廃校になった小学校を改修し、5G通信基地局を設置。ワーケーション向けのオフィスを整備し、全国から先端企業やIT人材を誘致する「ワーケーションビレッジ」の代表を務める。同町の無人島を購入して「ありが島」という名前をつけた。この島を所有する「ありが島リゾート」社も清水氏が経営している。ここでキャンプ場も開いている。清水氏プロデュースによる日本最大級の人工砂浜「タチヒビーチ」は、立川(東京)、相模原(神奈川)、奈良で展開中。 他には投資会社の経営も。

「『タヒチビーチ』は年間数億円の収益を上げています。でっかい砂場だから、子供たちがペットボトルに詰めて持って帰ることもある。海のないところに人工砂浜を作ったんです。僕の周りには『おもろい』と言ってお金を出してくれる人達がいるんで、選挙戦もおもしろい発想で戦いたい」 

 こうした経験や発想が、そのまま都知事としての仕事にも生かせると主張する。

■3回離婚で4回の結婚

 プライベートでは、清水氏は3回離婚し、4回結婚している。そして、驚くことに元妻とは別れた後も「関係はいいです。今でも付き合いがあります」という。

 最初の結婚はタレントの清水クーコさん。1976年に結婚した当時、話題となった。

「クーコとの出会いは仕事場でした。ものすごい明るい子で、みんなに好かれていて、こんな子と付き合ってみたいなと思ってアプローチしました。ところが、結婚生活はうまくいかなかったんです」

 1982年には離婚した2人だったが、その後も清水氏がクーコさんの新曲やイベントをプロデュースしたという。 清水氏が再婚すると、クーコさんはイギリスに。しかし、帰国した際にがんが見つかり、38歳の若さで亡くなった。清水氏が喪主を務めたという。

  2人目の妻はバイク好きだったという。その影響で清水氏はレースの世界に入り、10年間、本格的にレーサーとして活動した。国際A級ライセンスも取得し、国際レースにも出ていたという。

「その間に13カ所骨折しました。最高速度285キロのオートバイですから」

鈴鹿8耐(鈴鹿8時間耐久ロードレース)に出場したときの清水氏(事務所提供)

 2人目の妻との間には3人の女の子が生まれたが、約12〜13年の結婚生活を経て別れた。それでも、

「今も付き合いは続けています。僕のコンサートがあると、子供たちが孫を引き連れて、声援に来てくれます(笑)」

 3度目の結婚で男の子が生まれたが、これまた離婚へ。

■妻4人、子供計5人、孫も5人「少子化対策はお任せを」

「妻はヒップホップダンサーだったんですけど、40歳になったときに『ダンスのためにフランスに行きたい』って。私は『40歳になって俺と子供を置いて、フランスに行くってどういうことよ』と聞いたら、彼女は『あなたを見習ったのよ』って言うんですよ。そういえば俺は40歳のときにメチャクチャしていたなと。俺はチャレンジするけど、妻は主婦をやれっていうのもフェアじゃないなと思って、『よし、じゃあ子供の面倒は俺が見るから』っていうことで、彼女がフランス滞在中に離婚しました」

 そして2018年3月に25歳年下の一般女性と4度目の結婚をし、男児が誕生した。現在は家族3人で暮らしているという。4度の結婚で、

「妻は4人、子供は女子3人、男子2人の計5人。孫も5人います。少子化対策は任せておいてください(笑)」

 清水氏は、小池氏が知事給与を半額にしている点についても触れ、 

「私が都知事になったら給料はいりません。年金がもらえるから、“年金知事”でいいです」

 とのこと。そしてこう続けた。

「人生でのラストチャンスだと思っています。もう、テレビやメディアの世界に戻ることは考えていません。背水の陣で挑みます 」

(AERA dot.編集部・上田耕司)