「妻」ではなく「嫁」を求めた義母と夫 離婚で「やっと自分に戻れた」
AERA DIGITAL10/1(水)16:30

結婚してから相手の「家」の存在に辟易する人は少なくないだろう。結婚、出産を経ても働き続ける女性が婚姻期間が20年以上の熟年離婚は3万9810件、離婚率23.5%。統計のある1947年以降で過去最高を更新し続けている。人生100年時代、定年後に夫婦で過ごす時間がかつてなく長くなるなか離婚に踏み切る人も増えているのかもしれない。令和の熟年離婚事情を追った『ルポ 熟年離婚』(朝日新聞出版)より、一部を抜粋してお届けする。
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もう20年以上も前のことだ。
それなのに、埼玉県に住む50代の女性は義母から言われた言葉が忘れられない。思い出すだけで、胸の辺りがひりひりする。
下の子が小学校の低学年だったころ。年末に義父母の家に帰省した時だった。
義母が尋ねてきた。
「ねえ、いつまで仕事を続けるの? 子どもたちがかわいそうよ。母親が仕事をしていたら、子どもは不良になるわよ」
なんてことを言うんだろう。驚きすぎて頭が真っ白になった。次に、のど元まで言葉が出かかった。
「だったら、専業主婦で育てたあなたの息子さんは、そんなにできた人なのでしょうか?」
もうこの家の人たちとは一緒にやっていけない。顔を見るのも嫌。同じ墓に入るのなんてもってのほか。積もり積もった義理実家の全てが受け入れがたく、許せなくなったのはこの時だったと思う。
■専業主婦の義母とワーママだった実母
結婚当初から、どうにも義父母とは、合わなかった。特に義母とは、女性が仕事を続けることへの価値観が違いすぎた。それでも、結婚した時は、こんなにも相手の「家」の存在に辟易(へきえき)するとは想像していなかった。
義母は専業主婦だった。夫が働きに出て、妻は家を守る。そういう価値観を持ち、息子の妻もそうして当然だと思っていることを、言葉の端々から感じた。
一方、女性が育った家庭は共働きだった。父も母も忙しく働き、母は、仕事をしながら、掃除に洗濯、ご飯の用意とこなしていた。父が手伝う姿は見たことはない。
忙しすぎて機嫌が悪くなると、「どうして私ばっかりなの。結婚なんてしなければよかった」と口癖のように言っていた。だからだろう、周りの友達のように、結婚=幸せ、と考えたことはなかった。
自分で稼ぎ、1人でも生きていける力を身につけたい。公務員として働くことを決めた。

■「息子の給料で食べていけるのに」
2人の息子を産み、そのたびに女性は育休をとって仕事に復帰した。夫は単身赴任が多く、仕事と育児の両立のために近くに住む実母を頼った。子どもたちの風邪が実母にうつった時には申し訳なかった。
そんな様子を知ると、義母は言った。
「そんなに大変なら、どうして仕事を辞めないの?」
「息子の給料で食べていけないわけじゃないのに、働く意味あるの?」
「そんなに仕事して、子どもが可哀想」
ちくちくと胸に刺さり、刻まれていく言葉。最初は受け流していた。歩み寄れるかもしれないと、母の日や父の日にはプレゼントを送り、夏休みや年末年始には、手土産を持って、子どもと帰省した。でも、そのたびに、価値観を押しつけられ、こうあるべきだと諭される。悪気がないから、厄介だった。
夫は長く単身赴任を続けた。子どもの運動会、個人面談、PTA活動。夫が休みをとって行事に参加することはなかった。でも、週末のたび、夫から連絡はあった。「掃除をしに来てよ」、「1週間分のご飯をまとめて送ってくれ」
夫は、自分の母のように家事は妻がやってくれて当然だと思っているようだった。とてもじゃないけど、忙しすぎて、手が回らない。できることは自分でやって。女性は夫のリクエストにあまり応えられなかった。
これじゃ、結婚した意味がない。そんなことを思ったのだろうか。夫から「離婚をして欲しい」と切り出された。

■「やっと、自分に戻れる」
結婚生活は、15年ちょっとだった。
離婚が決まったとき、養育費をどうするかなど金銭的な不安はあった。だが、やっと、自分に戻れる。自由になれると思った。夫、義理の母、そしてあの家のこと、すべて、私とは関係のないことになる。ほっとした。息子たちには、父親であることは変わらないのだから、会いたいときに会えばいいよと言ってきた。
その彼らも、社会人になり、手を離れた。今、女性は、昔から大好きだった漫画やアニメの原画展や聖地巡りなどを楽しむ。ローカル線も好きで、青春18きっぷで旅も続ける。もちろん、仕事も続けている。
「今が、一番自分らしく生きている。人生で一番幸せだな」と晴れ晴れする。
そうして、ふと、どうして結婚したんだろう、と思う。結婚の良さは、何一つ理解できなかった。名字が変わることも、夫の嫁になることも、相手の家との付き合いも。率直に言えば、面倒なだけだった。
結婚がうまくいかなかった最大の理由は、「元夫もその親も、妻ではなく嫁を求めていたこと」。それに尽きると考えている。
ただ、いま思えば、義父母とうまくやろうと思いすぎていたのかもしれない。お互いの価値観を理解して、干渉しない。ほどよい距離感でいられたら、もっと違ったのかな……。
それでも、相手の家に「嫁」として取り込まれていくざらりとした感覚は、いつまでもぬぐえない違和感として、残り続けている。
(朝日新聞記者・大蔦幸)












