相次ぐ不祥事でフラフラの菅義偉政権。だが、今年中に実施される総選挙に向け野党も決め手を欠く。カギを握るのは強固な組織力、調査能力を持つ老舗政党・共産党。その力を野党共闘の旗の下に結集すべく、水面下ではあの「無敗の男」がうごめいていた。



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「菅義偉首相は人望があるわけではなく、権力で求心力を作りあげてきた人物。政権の不祥事が止まらず、霞が関官僚の忠誠心は急激に低下しています。ワクチンなしでも五輪を強行するつもりのようですが、果たして五輪まで菅政権がもつか。官僚たちは保険をかけて『ポスト菅』を見据えた動きを始めている。政権末期の空気と本当に似てきました」

 官邸に近い官僚の一人はこう語る。この言葉通り、菅政権が窮地に追い込まれている。菅首相の長男らによる総務官僚への接待問題などで国会は大荒れ。頼みの綱だったワクチンも一般向けへの接種開始は7月以降となる見通しで、五輪開催にも暗雲が垂れ込める。朝日新聞の2月の世論調査では発足時に65%あった菅内閣の支持率は34%まで低下。逆風の中、3月からは、菅内閣の命運を左右する政治日程が続く。ある野党議員が話す。

「3月21日投開票の千葉県知事選は野党候補が事前調査で優位。4月25日に実施される三つの補選・再選挙でも2勝はできる。ここで与党を追い詰めれば、自民党内で菅交代論が噴き出す」

 しかし、野党が決め手を欠くのも事実だ。野党共闘は一進一退が続き、今も野党間で候補者の調整が終わっていない選挙区が60以上ある。特にカギを握るのは、強固な組織力を持つ共産党と最大野党の立憲民主党とが候補者を一本化できるかどうか。だが、両党の関係は長年微妙で、最大の障壁になってきた。

 そんな埋まらない溝を埋めるために“伝説”を身にまとった政治家が積極的に動いている。「無敗の男」の異名を持つ中村喜四郎元建設相(71)だ。

 選挙は14勝無敗、うち8回は無所属で勝利した選挙の鬼。1994年にゼネコン汚職疑惑で逮捕された時、特捜部に完全黙秘を貫いたのも語り草だ。自民党時代は田中角栄元首相に師事し、将来の総理候補と呼ばれた。その男が政治家としての最後の仕事として選んだのが「強い野党をつくること」だ。昨年、立憲に入党し、若手の育成にも力を注いでいる。

 その中村氏はいま、野党協力のためのある“仕掛け”を施している。19年10月から立憲の枝野幸男代表や共産党の志位和夫委員長ら野党のトップを集め、定期的に会合を開いているのだ。中村氏が言う。

「党首同士の会合も、最初はぎこちなかったけど、最近は2時間があっという間に過ぎます。私が自民党にいた時は、当時の最大派閥の田中派で汗を流しました。そこで学んだのは、一切の私心を捨てて、大義のために一つになるということ。そのために徹底的に議論をつくす。今は立憲の中で汗をかいていますよ」

 自民党旧田中派の鉄則は<汗は自分でかきましょう。手柄は他人にあげましょう>。最年長の中村氏が、会合をセットして年下の党首たちを接待する。まさに田中派の教えを地で行く政治だ。

 田中派の教訓には、こんな続きもある。

<そしてその場で忘れましょう>

 過去の恩讐を忘れ、互いに協力し合うことが次の衆院選で議席を増やす第一条件となる。

 2017年の前回衆院選で共産党が得た比例票は約440万票、19年参院選は比例で約448万票。1選挙区あたり、約1万〜2万票を持っていると考えられる。中村氏はこの数字に着目する。

「前回衆院選の小選挙区で立憲、希望、共産、社民と無所属議員が得た議席は60。もし、この4党と無党派で出馬した議員が選挙協力していれば、維新の会の票を含めなくても単純計算で102議席を獲得することができた。これに比例も含めて次の選挙で野党が200議席を得ることができれば、野党の議席数が国会の43%を占める。与野党が伯仲して自民党も変わらざるをえなくなる。野党はまずはそこを目指すべきです」

 ただ、課題は山積している。立憲の支持母体である連合と共産党は労働運動で対立してきた過去があり、今も溝は深い。野党共闘が進む新潟県でも、ある野党系県議はこう悩みを吐露する。

「新潟2区で共産党と国民民主党の候補者が競合して双方譲らず、立憲は態度を決めかねている。県内6選挙区のうち四つは共産に立憲の候補を推してもらう。2区くらいは共産を立てないと『もう野党共闘は終わりだ』と他選挙区にも共産候補を立てられかねないが、国民候補を推す声もあって、難しいところ」

 こうした事例が全国に散在していることに加え、さらに今後の課題も残されている。中村氏は言う。

「次の選挙で野党の議席数が増えれば、共産は、立憲とどのような政権を作るのかを議論する必要が出てきます。その時は、日米同盟、自衛隊、天皇制など野党内で考え方が違う部分についてはオープンな形で議論をすればいい。立憲も共産も変わらなければならない。そうすれば『大人の野党』になれる」

 集票力だけでなく、共産党にはもう一つ、唯一無二の武器がある。政権を揺るがすスクープを連発する機関紙「赤旗」を中心とした調査能力の高さだ。

 今国会でも、赤旗の報道に端を発する“次の爆弾”が準備されている。その一つが、菅首相の官房機密費問題だ。

 菅首相は官房長官時代の2822日間で、官房機密費の中でも領収書がいらない「政策推進費」を総額86億8千万円支出した。1日あたり307万円の支出だ。また、菅政権発足後にすでに5億円が支出されていることも明らかになった。

 さらに問題視されているのが、昨年9月の支出。8月28日に安倍晋三氏が辞任表明し、菅氏は9月2日に総裁選への出馬を表明した。菅氏はその前日の1日に、官房機密費のうち9020万円を、「政策推進費」に振り分けていたのだ。共産党はこの件についても国会で追及する構えだ。

「赤旗砲」とも呼べるようなこうしたスクープ報道は、これまでも多くの成果を上げてきた。

 19年には、安倍前首相が主催する「桜を見る会」に安倍氏の後援会の会員らが多数招待されていたことを、赤旗日曜版がスクープ。一連の報道が評価され、同紙は昨年の「日本ジャーナリスト会議大賞」を受賞した。

 結果的に、安倍氏は昨年9月に退陣。その後、安倍氏は東京地検特捜部から事情聴取を受けた(嫌疑不十分で不起訴)。体調不良が退陣の理由だったが、赤旗日曜版のスクープが安倍氏を追い込んだことは間違いない。同紙で桜を見る会報道を指揮した日曜版の山本豊彦編集長は言う。

「桜を見る会については、大手メディアの記者も取材に行っていたので、本来は赤旗より先に報じることができたはずです。ただ、私たちは安倍政権になってから桜を見る会の支出と招待者数が年々増加していたことを問題視していたので『おかしい』と気付けた。そういった『追及する意志』がスクープにつながったのだと思います」

 赤旗の発行部数は、日刊版と日曜版を合わせて公称100万部。共産党の独自財源の柱となっている赤旗には、地方議員も協力を惜しまない。現在、全国にいる共産党の地方議員は2624人(2月4日現在)。桜を見る会の取材でも、山口県内の地方議員に依頼し、自民党の有力者を紹介してもらったという。

「自民と共産党は議会では政策をめぐり激しく対立していますが、地域では共産党の議員は良識ある自民の保守系議員とは一緒に活動していることも多い。そのつながりから『桜を見る会には後援会の人がたくさん行ってるよ』と教えてもらったんです」(山本編集長)

 編集部が取材の端緒を得て、地方にいる議員に調査協力を頼む。そしてスクープとして世に出した後は、共産党所属の国会議員に議会で質問してもらう。そういった一連の流れが、「桜を見る会」が国政の大問題になる裏側にあった。

 舌鋒鋭い議員の質問の裏にも、組織力がある。共産党関係者は言う。

「国会に提出された法案については各議員の秘書が分担して全条文をチェックする。過去の改正時に問題になったことなども党内の記録で確認し、問題点を洗い出します」

 他の野党では秘書の力を借りず一人で質問を考える議員も多く、重要法案以外は官僚のレクチャー任せにすることもある。精密に築き上げられたこうした仕組みは、他党が真似できない強みだ。

 旧田中派を取材した経験を持つ政治ジャーナリスト・田中良紹氏も、共産党の調査能力をこう評価する。

「共産党は人材と資金を大量に投入して情報収集をしている。金をかけて情報を集め、反権力の旗を掲げていれば、情報が他からも入ってくるようになる。政府・与党内にも現政権をよく思っていない人がたくさんいるからです。マスコミの情報に頼って国会質問をすることが多い他の野党議員とはそこが違う」

 今年で結党99年。日本最古の政党である共産党と、若い政党である立憲との協力は、日本の政治地図を塗り替えるのか。(本誌・西岡千史、上田耕司)

※週刊朝日  2021年3月12日号