批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 自民党総裁選の報道が過熱している。重要な政局であることは疑いない。

 とはいえ、派閥の数合わせや大物議員の動静が連日報道される様子にいささかうんざりするのも確かだ。私たちはこの30年、こんな人脈依存の密室政治から手を切るためにこそ二大政党制を目指してきたのではなかったのか。時計の針が逆戻りした感がある。

 他方で野党第1党の立憲民主党にも失望するばかりだ。同党は9月前半に次期衆院選公約を2度にわたり発表したが、本気で政権奪取を目指しているようには思えない。

 いま発表されている12の項目は、夫婦別姓やLGBT平等法、ネット中傷対策といった同党岩盤支持層を強く意識した政策が中心で、そこにモリカケ再調査や学術会議人事再任命、赤木ファイル開示といった個別事例が加わる。いずれもたしかに重要ではあろうが、新政権の軸になるようなものだろうか。むろん第3弾で憲法や外交、貧困解消や安全保障などについて新機軸が打ち出されるのかもしれないが、これらの項目を最初にもってきたこと自体が視野の狭さを示している。

 加えて問題なのは、国民的な喫緊の関心事であるコロナについていまも非現実的な姿勢を崩していないことである。立民は従来、菅政権のウィズコロナを批判し「ゼロコロナ」を打ち出してきた。10日にも人流抑制を強化すべきだとの緊急提言を取りまとめている。

 けれどもいまや、変異株の出現やワクチン接種拡大、さらには自粛疲れなどによって、行動制限に頼り感染完全制圧を目指すのが非現実的であることは明らかになっている。コロナとの闘いが長期にわたらざるをえないこともみなわかっている。多くの国民が望んでいるのは、そんな現実を受け入れ、限界はあろうとも日常を回復するために動いてくれる生活者視点の政治である。立民は人々の期待を読み違えているといわざるをえない。

 筆者は1971年生まれで90年代に有権者になった。そのあと国政では、政権交代能力をもつ野党の出現を望み非自民非共産の投票を貫いてきた。けれども今回は無理かもしれない。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

※AERA 2021年9月27日号