23日に開会した通常国会で、岸田文雄首相は施政方針演説を行い「外交には裏付けとなる防衛力が必要」と述べ、改めて「防衛費増額」を訴えた。だが各社の世論調査では、防衛費増に伴う増税には否定的な意見が多く、テレビ朝日の世論調査では岸田内閣の支持率は28%と過去最低を更新した。軍事の“専門家”は、岸田首相が推し進める防衛費増額をどう捉えているのか。元海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)の香田洋二氏に聞いた。
* * *
「失礼を承知で申し上げると、岸田首相の演説は50点以下です」
かつて海上自衛隊現場トップの自衛艦隊司令官を務めた香田洋二氏は、岸田首相の施政方針演説を厳しく採点した。その理由をこう説明する。
「防衛費増額についての岸田首相の説明は、ほとんど体をなしていなかった。本当に国民の理解を得ようとする気持ちがあるのかと問いたい。説明があまりにも抽象的、概念的すぎて、あれでは国民に何も伝わりません」
岸田首相は防衛費増額について、施政方針演説でこう語った。
<いざという時に国民の命を守り抜けるのか。極めて現実的なシミュレーションを行った上で、十分な守りを再構築していくための防衛力の抜本的強化を具体化しました>
これに対して、香田氏はこう苦言を呈する。
「私が岸田首相に語ってほしかったことは、憲法の制約の中で、日本の防衛のどこを重視し、どういう布陣にするかということです。いろいろとシミュレーションをしたと言っていますが、具体的なことを何も言っていないので(話している内容に)ほとんど意味がない。もちろん防衛上の機密事項はあるので、言えないことは言えないでいい。しかし、言える範囲で、どのように説明するかという工夫さえ見られませんでした。細かい話はできないでしょうから、総論でいいんです。たとえば、日本の西側の守りが薄いのでもっと厚くするとか、多数の情報収集衛星が必要だとか、燃料、武器、弾薬の確保をまず最優先にしますとか、いくつかの代表的な事例を挙げ、ひとつの“絵”を示してほしかった。岸田首相の説明では、自分たちの税金がどう使われるのか、本当に最適な使われ方をするのか、国民は全く理解できなかったでしょう」
昨年12月、政府は2023年から27年までの5年間の防衛費を計43兆円とすることを閣議決定した。これは現行計画の1.6倍となり、防衛費増額の財源として約1兆円は増税により確保する方針だ。岸田首相は施政方針演説でこう延べた。
<2027年度以降、裏付けとなる毎年度4兆円の新たな安定財源が追加的に必要となります。歳出改革、決算剰余金の活用、税外収入の確保などの行財政改革の努力を最大限行った上で、それでも足りない約4分の1については、将来世代に先送りすることなく、27年度に向けて、今を生きるわれわれが、将来世代への責任として対応してまいります>
防衛費の増額について、香田氏は自らが自衛隊司令官だった体験を踏まえてこう語る。
「私は約20年間の部隊勤務の後、東京で約11年間、ほとんど予算の主務をしていました。歴代内閣は防衛費をおおむねGDPの約1%以内に抑えてきましたから、防衛費のやりくりの辛さはよくわかっています。“1%枠”の中で、弾薬、燃料、教育訓練、部品購入などのロジスティックス(兵たん)を抑えざるを得なかった。これにより、自衛隊がゆがんだ形になっていたという思いはあります。そんな自衛隊の状態を修正するという意味で、防衛費を増やすことは間違っていません。ただ、防衛費が増額されたとしても、現状では、隊員の施策や後方支援をどうやって充実させるのか、教育訓練のあり方は変わるのか、など具体策がいまいち見えてこない。単に、見栄えのいい買い物リストが出されているだけのように感じます」
政府は、昨年12月16日に閣議決定した「安保3文書」の中で、相手のミサイル発射拠点をたたく「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有を明記した。増額した防衛費の使途としても、「反撃能力」を行使するために、アメリカの巡航ミサイル「トマホーク」の取得に2113億円、国産のミサイル「12式地対艦誘導弾」の改良開発・量産に1277億円など、重点的に予算を計上している。だが、香田氏は敵基地攻撃能力の実効性には懐疑的だ。
「私はあまり急いで反撃能力を高める必要はないと思っています。結局、日本の抑止力は、米軍なんです。敵国に対して、米軍が10倍返しをするぞ、と脅せば引っ込むんです。ただし、日本国憲法において、自衛隊は米軍と同一の指揮系統では行動できない。作戦目標を共有したり、その作戦を実行する時期を調整したりはするものの、自衛隊は自衛隊で、米軍は米軍で別個に行動します。なので、常態として共に戦闘機を飛ばし、共に反撃するということにはならないわけです。だからこそ、今の憲法解釈でどこまで、何ができるかは別途クリアする必要があると思います。日米で指揮系統は別々だとしても、意思決定は一つにできる共同司令部のような組織は作っておかないと、実戦で役には立たない可能性があります」
では、43兆円もの防衛費の使い道として、本当に“実戦”で役に立つ装備とは何なのか。元自衛官の立場から、香田氏に具体例を挙げてもらった。
「まず航空自衛隊でいえば、F15戦闘機をこの先も使っていこうとしているが、米軍はF15を嘉手納基地から順次退役させるということを決めています。その替わりにF22ステルス戦闘機を暫定配備するようですが、F22ですら古くなりつつあります。これからは最新鋭のステルス戦闘機のF35を増やしていくべきでしょう。問題は追加導入数とそのスピードです。あと、エーワックス(AWACS)と言われる早期警戒管制機も必要です。ロシアのウクライナ侵攻でも顕著ですが、山の上にあるレーダーサイトは真っ先に攻撃を受けて破壊されます。日本には数十カ所のレーダーサイトがありますが、それが破壊されると、次の瞬間からレーダー情報が取れなくなるので致命的です。『エーワックス』は、空中を飛びながら警戒空域に侵入する敵機を機上のレーダーで捕捉できます。山の上にある固定のレーダーサイトとその指揮管制は副次的なものにし、エーワックスを主にするというような手当も必要です。」
陸上自衛隊の戦車、海上自衛隊の護衛艦についても手当てが必要だと強調する。
「陸上自衛隊は戦車や榴弾砲をめちゃくちゃ減らされている。狭い日本でそんなに数はいらないだろうという理屈です。しかし、ウクライナの現実を見たら、喉から手が出るほど戦車を欲しがっているでしょう。戦車というのは使える場面と使えない場面があって、それを最初から無くしてしまえば、いざという時に戦略オプションがゼロになります。戦車や攻撃ヘリコプターも、やはりアメリカと一緒に戦えるぐらいのレベルで持っておかないといけないでしょう。
護衛艦の老朽化も問題です。海上自衛隊の主力の護衛艦は、建造から25年ぐらいたっています。護衛艦の寿命はおよそ35年ですから、あと10年くらいしかもたない。鉄は錆びますし、エンジンも故障しやすくなる。その代替えをどうしていくのかも不明確です。現在は多目的をうたっているものの、軽武装で最新戦闘能力に劣るフリゲート艦を量産するようです。これでは日米一体化どころか、自衛隊が足かせになりかねません。今回の議論ではここで指摘したような点があまり見えなかった。本当はそうした積み上げをしっかりとした上で、防衛費増額を言い出してほしかったですね。きちんと必要性が説明できれば、国民の納得度も違ったと思います」
岸田首相は、先の施政方針演説でも「安全保障政策の大転換」を強調した。そうであるならば、国民がその“大転換”に納得できる説明が不可欠であることは言うまでもない。(AERA dot.編集部・上田耕司)
元海上自衛隊現場トップが「防衛費増額」を痛烈批判 「岸田首相の施政方針演説は50点以下」

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