戦後長らく維持されてきた「専守防衛」や防衛費の抑制といった基本政策が、国会での十分な議論もないままに変えられようとしている。これほどの大転換を黙って押し通そうとする岸田首相は、“沈黙の暴君”になろうとしているのか──。
* * *
防衛政策の大転換は、あまりに急激だった。政府は昨年12月、外交・防衛政策の基本方針「国家安全保障戦略(NSS)」など安保関連3文書の改定で「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有を明記。防衛費も大幅に増額し、2027年度から年間11兆円、GDP(国内総生産)比2%にする。
岸田文雄首相はこれを手土産に1月13日の日米首脳会談に臨み、バイデン大統領の全面的支持を取りつけた。満面の笑みで岸田氏の肩に手を回すなど上機嫌だったバイデン氏の反応を受け、岸田氏は会談後にワシントンの大学院で行った講演で、「歴史上最も重要な決定の一つだと確信している」などと自賛した。
軍事評論家の前田哲男氏が厳しく批判する。
「政府が安保関連3文書の改定を閣議決定して1カ月も経たないうちに2プラス2(日米安全保障協議委員会)、日米首脳会談で合意してしまった。防衛増税の問題も含め、国会での議論や国民への説明を後回しにしたまま既成事実化しようとしている。23年度予算は新しい防衛計画の初年度になりますが、その審議もまるで行われていない段階で異常というほかない」
安保3文書はNSSのほか、防衛の目標と手段を示す「国家防衛戦略(旧防衛計画の大綱)」、防衛装備品の取得計画を記す「防衛力整備計画(旧中期防衛力整備計画)」で構成される。改定にあたって、NSSは「我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している」として、ロシアによるウクライナ侵攻を引き合いに出し、「同様の深刻な事態が、将来、インド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいて発生する可能性は排除されない」と分析。中国や北朝鮮を念頭にミサイル運用能力が飛躍的に向上しているとして、こうした安全保障環境に対応するために防衛力を抜本的に強化していくと表明した。
改定の焦点となったのが、敵の射程圏外から攻撃できるスタンド・オフ防衛能力などを活用した敵基地攻撃能力だ。反撃能力の行使には長射程ミサイルを想定しており、その目玉が艦船などから発射される米国製巡航ミサイル「トマホーク」だ。防衛省は23年度予算案でトマホークの取得に2113億円を計上。取得数は明らかにしていないが、一部報道では27年度までに最大500発購入するとの見方もある。
だが、トマホークは無用の長物になる可能性が高い。防衛ジャーナリストの半田滋氏が指摘する。
「トマホークの爆買いこそ最大の無駄遣いです。射程が1600キロ以上といっても、亜音速で飛行速度は時速900キロ程度。中国のような軍事技術が進んだ国から見れば脅威にならない。撃ち落としたり、攻撃目標を外させたりということが簡単にできてしまう。そんな兵器を敵基地攻撃に使うというのです。弾道ミサイルはマッハ20(音速の20倍)を超えるものもあるし、中国はすでに極超音速ミサイル『東風17』を実戦配備しています」
国産の12式地対艦誘導弾能力向上型は射程を1千キロ超に延ばし、超音速の島嶼防衛用高速滑空弾とともに26年度の実戦配備を目指す。極超音速誘導弾も現在、研究開発が進められている。トマホークはそれまでの「つなぎ」としての位置づけだという。だが、国産の長射程ミサイルなどの開発が目算どおりにいくとは限らない。12式の従来の射程は200キロで、1千キロに延ばすには搭載燃料を5倍にしなければならず容易なことではないからだ。半田氏が続ける。
「今回は射程を延ばすだけではなく、高速で飛ぶようにしなければならないし、高速滑空弾も射程延長型(2千〜3千キロ)の開発に入ります。トマホークが米国から入ってくるのは3〜4年後でしょうから、実際には国産兵器の運用まで10年くらい見積もっているのではないかと思われます」
トマホークはもともと核搭載が可能だ。1980年代にNATO諸国に地上発射型のトマホークや、準中距離弾道ミサイルの「パーシングII」が持ち込まれた。70年代からソ連がヨーロッパ全域を射程に収める中距離弾道ミサイル「SS20」を配備したことに対抗するためだった。際限のない軍拡を避けるために、87年に米ソ間でINF全廃条約を締結。地上発射型の中距離弾道ミサイル・巡航ミサイル(核弾頭・通常弾頭を問わず)は撤去・廃棄された。前田氏が説明する。
■米国の言い値で兵器を大量購入
「INF全廃条約はトランプ政権のときに米国が離脱したことで、ロシアも脱退しました。いまは無条約になっていますが、ロシアのウクライナ侵攻という新しい事態がありながら、中距離ミサイルは米国から欧州に1基も持ち込まれていない。にもかかわらず日本がトマホークを大量に導入するとは時代錯誤も甚だしい」
一方、中国は中距離ミサイル2千基を保有するといわれ、日本全域とグアムを射程に収める。
「米国は地上発射型の中距離ミサイルを日本に配置することを求めています。南西諸島を中心に配備すれば中国に対する強いメッセージになります。米国は核弾頭を付けることを狙っていることも予測しておいたほうがいいでしょう」(前田氏)
トマホークやステルス戦闘機F35などは、米国政府を窓口として取引するFMS(有償軍事援助)の枠組みで購入する。第2次安倍政権以降、米国製高額兵器の爆買いによって契約額が膨張し続け、23年度当初予算案では過去最高の1兆4768億円に上った。それまでの過去最高額は19年度の7013億円だから、一気に倍増だ。価格が米国の「言い値」で、自国軍向けよりずっと高く売りつけることでボロ儲けする制度になっている。
半田氏が語る。
「兵器ローン残高が莫大になって防衛費を圧迫しているうえ、さらに買い増しするためにGDP比2%が必要ということなのです。バイデン氏が上機嫌になるわけです」
FMSを巡る迷走ぶりを如実に示すのが「イージス・システム搭載艦」だ。23年度予算案にはその整備費として2208億円が計上されている。イージス・システム搭載艦の元の姿は、配備を断念した地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」。契約を解除すれば購入費約1800億円が米国に違約金として取られる恐れがあった。そこで代替手段として、洋上に転用して新造することにしたのだ。
半田氏が解説する。
「地上に置くべき巨大レーダーを船に載せるのだから無理があります。当初の設計では、全長が210メートルで全幅が40メートルもありました。これはとんでもない形で、自衛隊の護衛艦はだいたい幅20メートルですから2倍も太っている。機動性に欠け敵からも狙われやすいから設計のやり直し、ということで小型化することになったが、どうやって小型化できるのか不思議です」
敵基地攻撃の対象も曖昧だ。相手国が実際に攻撃していなくても、攻撃に「着手」すれば、日本に対する武力攻撃が発生したと見做(みな)すことができるという考え方がある。政府見解を問われても、岸田氏は「安全保障の機微に触れる」として明確に答えようとしない。
■台湾海峡危機が参戦の引き金に
何をもって攻撃の「着手」と判断するのか。ジャーナリストの谷田邦一氏は「本当に攻撃の準備段階で反撃したら国際法違反の予防攻撃になってしまいます」と前置きしたうえでこう説明する。
「相手国が弾道ミサイルを撃ってきたら、在日米軍と自衛隊のレーダーがミサイルを探知し、数十秒程度でどこに着弾するかが割り出されます。日本の都市に着弾するとわかった瞬間が『着手』で、反撃のGOサインを出すタイミングです。これは放物線を描いて落下してくる弾道ミサイルに限った話で、巡航ミサイルや複雑な軌道で飛んでくるようなミサイルは最後までわかりません」
また、NSSは敵基地攻撃能力について、安倍政権で決められた武力行使の「新3要件」に基づくと定義する。すなわち、「日本への武力攻撃が発生、または日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した場合、「存立危機事態」として集団的自衛権を行使する可能性があるのだ。谷田氏はこう予測する。
「例えば台湾の周辺海域で米艦が攻撃を受けたとき、米軍から相手の巡洋艦や駆逐艦をたたいてくれという要請があるかもしれない。そうなれば自衛隊がミサイルを撃ち込むという事態は起こり得ます」
米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)が1月9日、中国の台湾侵攻を想定したシミュレーションの結果を公表した。ほとんどの場合で米軍は台湾防衛に成功するが、米軍や自衛隊側も甚大な被害が出ると想定している。米中戦争が起きれば、現実的に日本は否応なく戦闘に巻き込まれるだろう。前田氏がこう警告する。
「日本列島は大陸に向かって、北海道から沖縄まで2千キロ以上も弓なりに連なっている。米国にしてみれば、格好の防波堤です。日本へのミサイル攻撃が通常弾頭だとしても、原発に命中すれば核被害にさらされます。これ以上ない脆弱性を相手に見せながら、しかし、そのことには一切、口をつぐんでいます」
抑止どころか、戦争リスクを招き入れてしまったのではないか。(本誌・亀井洋志)
※週刊朝日 2023年2月10日号
岸田首相は“沈黙の暴君”か ミサイル効果も疑問、「防衛政策大転換」の落とし穴

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