高市早苗・経済安全保障担当相が、地元の奈良県で厳しい立場に置かれている。自民党県連会長でありながら、4月にある県知事選の推薦候補者選びでつまずき、保守分裂となりかねない状況だ。さらに事態は沈静化するどころか、永田町を巻き込んだ政争に発展しそうな気配もある。分裂したまま選挙に突入するのか、事態を収拾することができるのか。高市氏の手腕が問われている。

「維新に知事をとられたらどうすんだ」 

「ここで負けたら、高市先生の総理総裁はなくなるんだぞ」 

 つい最近、奈良県の自民党県議や市議ら数人が集まった時にあったやりとりだ。昨年9月に県連会長に就いた高市氏を危ぶむ声が次々にあがった。 

 その理由は、今年4月投開票の奈良県知事選にある。 

 自民党奈良県連は1月15日の会合で、昨年12月に無所属での立候補を表明した元総務官僚の新顔、平木省氏(48)の推薦を決めた。推薦をめぐっては、5期目を目指す現職の荒井正吾知事(78)も1月4日に無所属での立候補を表明し、自民党に推薦依頼を出していた。 

 自民党県連は前回の選挙までは荒井氏を推薦していた。今回、平木氏に決めた経緯を県連のある幹部はこう説明する。 

「もともと党本部から、知事の多選はだめだというお達しがあった。そこで高市先生が、総務相時代に秘書官だった平木氏を引っ張ってきた。県連の会議では、8が平木、2が荒井という感じだった。荒井氏は高齢で多選。日本維新の会に勝つには、若くてフレッシュな候補でなければという意見が圧倒的だった」 

 最終的には県連会長の高市氏に判断を一任し、平木氏に決まったという。 

 結果を受け、荒井氏が引いて候補者が一本化するとの見方もあったが、荒井氏は16日、報道陣から県連の決定について尋ねられると、「出馬する気持ちに変わりはない」と自民の推薦がなくても立候補する考えを述べた。 

 27日には奈良市内のホテルで政治資金パーティーの「あらい正吾を励ます会」を開いた。知事選に向けての事実上の「決起大会」だ。平木氏を支援する県議や市議らの大半は出席を見送ったが、奈良市長をはじめ複数の首長や県議らが集まるなか、荒井氏は「奈良はもっとよくなる。奈良の発展のために今後もお役に立ちたい」と訴えた。 

 一方、日本維新の会は、公認候補として元生駒市長の新顔、山下真氏(54)を擁立した。山下氏は、朝日新聞社記者から弁護士を経て、2006年に生駒市長選に当選した。3期目途中に辞職し、15年の知事選に立候補したが荒井氏に敗れた。 

 現在、立候補を表明している平木氏、荒井氏、山下氏で、知名度があるのは荒井氏と山下氏だ。この状態で、荒井氏と平木氏が票を奪い合うようなことになれば、山下氏が当選する可能性が高くなってくる。 

 実際、昨年7月の参院選で、奈良県の比例区の政党別投票結果をみると、自民党の約19万5千票(得票率31.8%)に、日本維新の会は16万2千票(得票率26.4%)と迫った。 

 最近、ある政党が奈良県知事選の世論調査を実施したところ、荒井氏22%、平木氏34%、維新(候補者未定時点)15%という数字だった。日本維新の会の幹部は、 

「この数字は聞いている。山下氏の知名度は高く、十分に戦えるとみている。保守分裂なら、大阪府以外で知事をとれる絶好のチャンスではないか」 

 と期待する。 

 奈良県で有権者が多い自治体は、大阪に近い奈良市やベッドタウンの生駒市だ。維新は勝負になると判断した選挙区には、徹底的に人材を集中させる戦術を取ってきた。今回は、吉村洋文・大阪府知事が応援に入ることも検討しており、さらに勢いがつく可能性がある。 

 岸田政権の中では「罷免(ひめん)発言」などで浮いた感もある高市氏だが、今後、総裁の椅子を狙うのであれば奈良県知事選は重要な戦いになる。荒井氏と高市氏が「二大巨頭」と呼ばれている奈良の政界。本来であれば、一本化に向けた道筋をきっちりとつけるべきだったが、高市氏は平木氏を引っ張ってくる前に、荒井氏への「根回し」ができていなかったとの見方だ。 

 荒井氏は国土交通省の官僚から海上保安庁長官を務め、奈良県選出の参院議員を1期経験した後に知事に転身という経歴で、政界にも顔が利く。 

「荒井氏は東京への陳情、予算要望でも国会議員に頼らず、独自の人脈で動く人。参院議員時代は宏池会に所属し、古賀誠元幹事長とは非常に近く、二階俊博元幹事長とも仲がいい。昨年12月に二階氏らと東京で面会した荒井氏は『ぜひ頑張ってほしいと激励を受けた』とあちこちで話している。平木氏の推薦をひっくり返そうと根回しをしているとの情報もあります」(前出・自民党の奈良県連幹部) 

 自民党のある国会議員は、こう話す。 

「永田町では、地元の荒井氏を抑えられない高市氏の手腕に“疑問符”がついている印象もある。保守分裂となったら維新に知事をとられかねない。とにかく一本化しないとダメ。高市氏の立場からすると『平木氏で』となるが荒井氏も策士。二階氏だけではなく、古賀氏や亀井静香氏といった大物が動いているとも言われていて、状況は混沌(こんとん)としている」 

 知事選をめぐってのゴタゴタは、昨年11月の和歌山県知事選が記憶に新しい。自民党県連はいったんは世耕弘成・参院幹事長が推す総務官僚の推薦を決めたが、二階氏がそれをひっくり返し、別の候補者の推薦をとりまとめた。その「豪腕」は健在だ。 

 こうした情勢について、自民党の政調担当を長く務めた政治評論家の田村重信氏は、 

「高市氏は、候補者を一本化するために汗をかいて、実現させれば評価される。逆に大物議員が動いてまとめられなかった場合、『負けた』『地元もまとめられない』といったマイナスイメージにつながる。地元でしっかりと仕事ができるか、高市氏にとっては正念場だ」 

 と指摘し、こうした見方を示す。 

「高市氏は無派閥で確固たる支持層がない。知事選で維新に負けるようなことがあれば高市氏の党内での評価は一気に下がり、総裁の椅子も遠のく」 

(AERA dot.編集部・今西憲之)