岸田文雄首相が国会で産休・育休中の女性のリスキリング(学び直し)を支援すると答弁し、「育児の大変さをまったく理解していない」「育休で暇だと思っているのか」などと大炎上した。その後、首相は「本人が希望したならば」という趣旨だったと弁明した。そもそも産休・育休中にリスキリングすることはできるのだろうか。

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「育児は想像以上に大変でした」

 こういうのは、元衆議院議員の宮崎謙介さんだ。宮崎さんといえば、男性の国会議員として初めて育児休業をとることを宣言し話題となったが、その後、出産間近にプライベートの問題が発覚。そのまま責任をとって辞職した人物だ。

 そのため、「育休」とはならなかったが、妻の金子恵美さんが衆議院議員(当時)の現職で産後2か月で復帰したため、宮崎さんが育児や家事を引き受けることになったという。

 朝は朝食づくりから始まり、妻の出勤後は、ミルク、おむつの交換を2時間おきに行いながら、その間に料理や洗濯、掃除といった家事をしていたという。

「夜泣きで起こされれば、朝は寝不足になりました。女性は出産後のダメージもありますし、ワンオペ育児だったら、リスキリングはかなり大変、ほぼ無理だと思います。名称が育児『休暇』となっているため誤解が生まれるのかもしれませんが、夏季休暇のようなものではまったくない。休暇だから勉強できるよね、といった認識はまったくありません」

 他方で、宮崎さん自身は、何とか時間をやりくりして、自分の勉強時間をつくることに取り組んできたという。

「ぼくは起業することを考えていたので、育児・家事をしながら、そのための準備をしていました。生まれたばかりの赤ちゃんは2時間おきにミルクをあげておむつを代え、その間に家事をしますが、流れ作業のようなところがあります。あいだの時間で勉強するために、育児と家事を徹底的に効率化していました。本を読んだり、英語の勉強をしたりしていました」

 しかし、先に指摘したように、育児はやはり楽ではない。宮崎さんは一人目の子どもだからできたが、ここに二人目がいたらリスキリングの時間はつくれないと見ている。また、一人目の子どもでも、生後半年程度たてば、ハイハイを始めたり、いろんなものを口に入れ始めたりするため、目を離せなくなるという。

「生まれてから半年間はリスキリングのゴールデンタイムだったと思います。特に第一子であれば、頑張れば時間はつくれる。1日1時間でもつくれれば、勉強はかなりできます。半年後でも夜泣きがなくなってくれば、夜に時間をとるということもできなくはない。ただ、やはりリスキリングするには、本人の強い意思や、夫も育休をとるといった環境がないと本当に大変。できる人は一部に限られると思います」

 リスキリングをしたくてもできないような現状があるのであれば、できるための環境を整えることは重要だ。いったいどんな施策が考えらえるのか。宮崎さんの案はこうだ。

「男性が育休を取る環境をまずつくらないといけません。また、ベビーシッターの補助制度を充実させたり、子どもを近所で見てもらったりするなど安心して子育てできるコミュニティーをつくることも有効だと思います。復帰後に時短で働くためのスキルを身に付ける産休・育休用の試験をつくるのもいい。また、育休をとると、そうではない同僚の業務量が増え、不満がたまるという課題もあります。負担の増えた同僚には国が助成金を出せば、育休の取りやすい環境が出てくるのではないでしょうか」

 別の専門家はどう見るか。詩人で社会学者の水無田気流(みなした・きりう)国学院大教授(家族社会学・ジェンダー論)は、岸田首相のリスキリング発言は「働く女性の実態が見えていない」という。

 日本の共働き夫婦では、家事・育児などの無償労働は女性に偏っており、外で有償の仕事をしながら、家の仕事もこなさなければならないという現状がある。有償と無償の仕事時間を合計すると、先進国の中で最も働いているのは、「日本の既婚で子供のいるフルタイムワーカーの女性」であるという研究結果もある。

 水無田教授はこう語る。

「女性の仕事と家事育児の二重負担は先進国で最も重い。そのような中、現状を変えずにリスキリングも要請するというのは、いわば『日本女性超人化計画』のようなもので、多数派の女性の実状に即していません。岸田首相からは、どういう社会にしたいのか、どういう女性の活躍を思い描いているのかという、理念を感じることはできません」

 他方で、リスキリング自体は、成長産業などで必要とされるデジタル技術の取得や、育休明けに直面する女性の働き方の変化に対応するためにも、期待されている手段だ。

 産休・育休中にリスキリングをするならば、「育児をしている人の時間をいかに確保するかが重要。そのためには家事代行やベビーシッター、託児所などの利用しやすい環境をつくることが必要です」(水無田教授)。イギリスやフランス、ドイツなどでは利用料の税額控除があり、家事・育児の経済的な負担が軽減されているという。

 また、男性の育休取得についても日本はまだまだ遅れている。日本の男性の育休取得率は年々上がってきてはいるが、それでも約14%にとどまっており取得期間も大半が1カ月以内となっている。スウェーデンでは男性の9割が育休を取ると言われており、ドイツでは男性の取得率は43.5%、フランスでは男性の育休が昨年7月に義務化されている。さらに、日本では育休を取得しても妻に家事・育児を任せきりの「取るだけ育休夫」の問題も指摘されている。

 水無田教授はこう語る。

「育児環境を変えるためには、働き方改革を進めるとともに、暮らし方改革もセットに議論し、就業と家庭生活に関する価値観から変えていく必要があります。女性に家事育児介護などのケアワーク負担が偏っている状況は、少子化問題にもつながっています。OECDの調査では、日本の子ども・子育て支援に対する公的支出(17年)はGDP比で1・79%(約10兆円)です。少なくとも平均の2・34%(約13兆円)、理想的には3%(約16兆円)くらいまで支援しないと、女性が時間を確保する環境は整えられないように思います」

(AERA dot.編集部・吉崎洋夫)