米イェール大学に在籍する経済学者、成田悠輔さんの「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹をすればいい」との発言が物議を醸した。
高齢者は社会のお荷物なのか。不毛な世代間対立の根を断つ必要がある。AERA 2023年4月3日号の記事を紹介する。
* * *
日本社会では以前から高齢者への風当たりが強い。高齢者が問題を起こせば「老害」という批判が飛び交い、「シルバー民主主義」という用語は選挙のたびに使われている。超高齢社会が顕在化するにつれ、高齢者は「お荷物」あるいは「優遇されている」という認識が浸透しているようにも感じられるが、実際はどうなのだろう。
「公的年金制度が賦課方式によって運用されている以上、そうした議論もあると思います。ただ、優遇されているという話を高齢者一般に当てはめるのは少し無理があるかもしれません。現在、シニアの方々の仕事なしには日本経済は成り立たない状況になっているからです」
こう話すのは、高齢者の就労に詳しいリクルートワークス研究所の坂本貴志研究員だ。
日本の高齢者の就業率は主要国の中で韓国に次いで高い水準にある。
「とりわけ65〜69歳の過半数、70〜74歳の3分の1が働いている日本の状況は特筆すべきものであり、高齢になるとほとんどが働かない欧米主要国とは全く異なります」(坂本さん)
職種別で見ると、農林漁業で52%、清掃従事者のほぼ4割が65歳以上の高齢者で占められる。ほかにも居住施設・ビルなどの管理人や、輸送、建設、飲食などのサービス業でも2割前後が高齢者で占められている。
そう言えば、昨年、首都圏の物件を請け負う建設会社を取材した際、社長が「建設の現場は今、本当に若手が少ないんです」と吐露していた。ファッションブランドが軒を連ねる都心の通りを明け方に歩くと、店舗の内外にいるのは高齢の清掃員ばかりで日中とのギャップに戸惑ったこともある。タクシー運転手も高齢者が目立つ。地方では人手不足や高齢化はさらに深刻で、学校や施設の送迎バスの運行や配送などのサービス業も高齢者が不可欠な担い手になっているという。
■人手不足の業界・職種ほど高齢化が進む傾向にある
少子化が進む日本社会では、もはや高齢者抜きには維持できない職場が増えているのが実情なのだ。だとしても、なぜここまで高齢者の就労が増えているのか。高齢者側には経済的な事情がある、と坂本さんは言う。
「年金支給額も減るなか、働き続けることで受給年齢を遅らせたり、家計の足しにしたりする人が増えています」
企業側は人手確保が必須。若い人を優先して採用する企業が多いなか、人手不足の業界や職種ほど高齢化が進む傾向にあるという。国が近年、高齢者就労を促す政策を進めているのも、少子化による人手不足や年金支給年齢の引き上げが背景にある。かといって条件の良くない職場を生活の苦しい高齢者に押し付ける構図を定着させるべきではない、と坂本さんは唱える。
「市場原理に委ねていればそれで良いと考えるのは適切ではありません。最低賃金の引き上げなど政策的なバックアップが必要です。高齢の方に無理なく社会に貢献してもらえるようインセンティブ付けを図るとともに、年をとっても働かれている人たちの権利を守っていくことが大切です。日本経済は今、そういう局面にあります」
2022年の自殺者数は中高年の男性で大幅に増えた。昨年11月までの暫定値では、50代が2604人(前年同期比12・9%増)、80代以上では1425人(同16・8%増)だった。過去の調査では、生活保護を利用している高齢者の自殺リスクが高いとの調査結果も報告されている。生活困窮者の支援活動に取り組む一般社団法人「つくろい東京ファンド」の稲葉剛代表理事がかつて接した人の中にも、あえて病気を治療せずに「緩慢な死」を選ぶ高齢者がいたという。
「コロナ禍でもリーマン・ショックの時もそうですが、日本経済を支えるど真ん中の世代が生活に困窮している状況に対しては、社会全体としてなんとかしないといけないというコンセンサスを得やすい半面、高齢者の貧困は見過ごされがちなのは否めません」
物価高騰は生活保護を受けている世帯や、少額の年金で生活している高齢者の暮らしを直撃している。生活保護を利用している70代の女性から「ガス代がかさむため温かいものを食べるのをあきらめた」と聞いて稲葉さんはショックを受けたという。
「団塊の世代は裕福と思われがちですが、生活保護を利用している世帯の過半数が高齢者世帯で、うち9割が単身高齢者です。背景には低年金、無年金の問題があって、景気動向にかかわらず増え続けています」
■シルバー民主主義の批判は格差無視する乱暴な議論
都内で路上生活をしている人の平均年齢は65歳を超え、70〜80代の路上生活者も珍しくない。90代で野宿している人もいるという。
稲葉さんは、若者の投票率アップを呼び掛けるキャンペーンで「シルバー民主主義」という言葉が用いられることに異議を唱えてきた。有権者人口が多く、投票率も高い高齢者層向けの政策が優先され、若年層の声が政治に反映されにくいことを指す言葉だ。
「子どもの貧困問題に真摯に取り組む人たちも、若者の投票率アップを促すためにあえて『シルバー民主主義』という言葉を使って現状を批判するんですが、当然ながら裕福な高齢者もいれば貧困の高齢者もいて、政策に求めるものは全く違う。同じ世代の中でも貧富の差やジェンダーの格差が大きいことを無視して、世代全体を一括りにして語るのはあまりに乱暴な議論です」
稲葉さんはこう続ける。
「貧困は世代を問わず拡大しています。今の日本社会で富の再分配がきちんと行われていないことが問題なのに、世代間対立をあおることで論点がずらされてしまうのを懸念しています」
少子高齢化で日本社会はもう持たないんじゃないか。そんな不安心理に付け入る形で、若者と高齢者を分断していく言説は今に始まったことではない。「老人はみんな死ねばいい」といった発言をする人は昔からいた。ただ、たいていは居酒屋談議や暴言を売りにしているお笑いタレントだった。今回の成田さんの「集団自決」発言に、稲葉さんは強い危機感を抱いたという。
「有名大学の学者が発言することで学問的に裏打ちされた主張であるかのようなイメージが社会に広がることを危惧しています。一見、高齢者全体を批判しているように聞こえますが、医療や福祉が社会全体の負担になっているという言説の中で使われる言葉ですから、実際に標的になっているのは貧困の高齢者です」
これは「優生思想」につながる発言だと稲葉さんは警鐘を鳴らす。
「今回は高齢者がターゲットですが、次は障害者だったり、生活保護利用者だったり、と際限なく広がっていくでしょう。結局、私たちの社会全体の根幹を崩す議論にしかなりません」
■少子化政策の不備が世代間対立にすり替えられ
かつて留学していたフランスの年金制度改革の反対運動をめぐる研究の中で、日本国内の世代間対立の根深さに気づかされた、と話すのは科学史や社会思想史が専門の東京大学の隠岐さや香教授だ。
フランスでは今年に入ってマクロン政権が年金改革法案を発表。1月にはフランス全土で100万人以上が参加する反対デモがあった。とりわけ不評なのは、現在62歳となっている年金支給開始年齢を64歳に引き上げる改革案だ。現地報道で20代とおぼしき男子学生が「今この改革に反対しておかないと、私たちが手に入れてきたさまざまな権利が次々にないがしろにされてしまう」と訴えていた。
その動画を見た隠岐さんは、「私たちは完全に分断されていた」と悟ったという。日本で厚生年金の支給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられると決まった00年当時の自身の経験と重ね、隠岐さんはこう振り返る。
「当時20代だった私は自分の将来への不安で頭がいっぱいで、年金問題には全く無関心でした。実際には高齢者の貧困率が高いことも知らず、『若者は苦しんでいるが、上の世代は恵まれている』という感情すら持っていました」
日本の高齢者の貧困率は女性が22・8%で男性が16・4%。いずれもOECD(経済協力開発機構)平均を上回る。日本の超高齢化社会は少子化政策の失敗の帰結でもある。
本来、少子化政策の不備を指摘しなければならないのにもかかわらず、問題の本質が「高齢者優遇」といった世代間対立にすり替えられる状況はなぜ生じたのか。年金問題を「労働者の権利保障の問題」と捉えるフランスでは、シルバー民主主義といった言葉を聞いたことがない、と隠岐さんは言う。
「フランスで年金改革に反対している人たちには、文化的な生活を維持するための労働者の権利は、いったん手放すと政府によってどんどん奪われていくという危機感が背景にあります。しかし、日本では『労働者の権利』という話を持ち出すと、『左翼』とたたかれるような言論空間があります。こうした分断を乗り越え、私たちは世代間対立という奇妙な対立の構図に落とし込められていることに気づくべきです」
隠岐さんは成田さんの言説について、従来の「男の子的な文化」との親和性を感じるという。
「『有害な男性性』という概念がフェミニズムにあります。男性たち自身が子どもの頃から『男らしく』しなさいと言われて育ち、こうあるべきという規範意識にとらわれた結果、暴力的になったり、弱いものと自分を区別し、かつ相手を支配しないと自分を保てないと感じたりする意識です。そういう自己認識はエリート校など競争的な環境にいた人ほど持ちやすい。成田さんの言葉に肯定的に反応している層が今もそうだとすれば心配です」
(編集部・渡辺豪)
※AERA 2023年4月3日号
「老害化前に集団自決」発言で考える世代間対立 標的になるのは 貧困の高齢者

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