「大人にならくては…」 大坂なおみ、全豪オープン躍進へ最大の命題【内田暁】

「大人にならくては…」 大坂なおみ、全豪オープン躍進へ最大の命題【内田暁】

 思えば、素晴らしい出来事の予兆は、1年前のこのメルボルンから始まっていたのかもしれない。

 昨年の全豪オープン時点での大坂なおみは、それまでグランドスラムに7度出場し、3回戦に達すること実に5回。だがそれらいずれの挑戦でも、その先には進めず終わっていた。特に全米オープンでは、捕らえたかに見えた獲物を飲み込む直前に取り落とし、2年連続でコート上で涙を流す。

「グランドスラムで3回戦を突破すること」

 それは彼女の悲願であると同時に、心に築かれた、一つの障壁にもなっていた。
 
 その大坂が満を持して壁の突破に挑んだのが、1年前の全豪オープン。当時72位だった大坂の3回戦の対戦相手は、地元オーストラリアの人気選手、アシュリー・バーティだった。14歳の頃から天才少女として過度な期待を浴びたバーティは、18歳にして“燃え尽き”状態でテニス界を去るも、その約2年後に復帰。多彩な技と高度な戦術を誇るオールラウンダーは、大坂にしてみれば、この上なく戦いにくい相手だったはずだ。ところが大坂は、長い打ち合いにも焦らず、自身のミスに心を乱さないばかりか、茶目っ気に満ちた笑みを浮かべもした。

「だって、こんなに多くの観客がいて、こんなにみんなが熱狂するなかで試合する機会なんて、そんなにたくさんないと思って。しかもアシュリーは、世界のトッププレーヤー。ポイントを失ってもイライラする必要はない。この状況を楽しみ、同時に集中しようと思っていたの」

 対戦相手に送られる応援歌すら楽しんだ彼女は、わずか1時間10分で難敵を退け、跳ね返され続けた壁を打ち破る。

「凄く嬉しいけれど……皆さんが応援している選手に勝っちゃってごめんなさい」

 試合直後のオンコートインタビューで、観客にわびてペコリと頭を下げる愛らしい姿は、地元ファンのハートをも掴み取った。

 4回戦で世界1位のシモナ・ハレプに破れ全豪を終えた時、彼女はこの大会最大の収穫を、「4回戦に行ったことではなく、4試合全てが納得できる良いプレーだったこと」だと言った。

「全てのボールでファイトしたし、コート上でしっかり解決策を考えられるようになった。精神的に以前ほど脆くない。対戦相手が、戦う前から警戒し萎縮してくれる……そんな選手になりたい」

 長く課題とされてきた、プレーの安定感と、精神面の成熟−−その両輪を獲得しつつある兆しを光らせたのが、昨年の全豪オープンだった。


 それから1年――。彼女はBNPパリバオープン優勝者であり、全米オープン覇者であり、そして世界の4位としてメルボルンに帰ってきた。今や彼女は紛れもない優勝候補の一人であり、米国の著名誌『タイム』の表紙を飾る時の人であり、街を彩る大会ポスターや看板には、その姿が踊る人気選手だ。ファンからはかつてない視線が注がれ、他の選手たちからは、警戒と対抗心を向けられるのは間違いない。

 ドローに目を向ければ、3回戦で元1位のビクトリア・アザレンカと当たる可能性などが取りざたされるが、彼女が戦うべき相手は、手垢のついた言い回しではあるが、自分自身になるだろう。今季の開幕戦となるブリスベン国際での大坂は、準決勝で自分への苛立ちを抑えきれず、ラケットを投げるなどして内側から崩れた。

 その後大坂は、SNSに「酷い態度をコート上でとってしまいました。試合を観ていた全ての方に申し訳なく思います。私はいつも、もっと大人にならくてはいけないと自分に言い聞かせてますが、どうやらまだ時間が掛かりそうです」と綴る。日々高まる雑音やプレッシャーを遮断し、いかにコート上で自分を律するか――? それが今季の彼女を占う上での、最大の命題になることは間違いない。
 
 開放的ながら熱狂的で、牧歌的ながら都会特有の喧騒と疾走感を兼備するメルボルンは、シャイながら豪胆な大坂が、明るく前向きでいられる街なのかもしれない。1年前に、この大会で見せた「ポジティブな姿勢」を取り戻せれば、彼女はまた一つ、新たな景色をその双眸に映すはずだ。(文・内田暁)


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