野球界ではドラフト制度がなかった時代の激しい選手の獲得競争の名残から、プロとアマチュアの間には大きな壁が存在している。その最たるものがプロ野球関係者は全日本大学野球連盟と日本高等学校野球連盟に所属しているチームの選手を指導することが禁じられているという点だ。かつてはプロ野球を引退しても、教員として一定期間勤務しなければ高校生、大学生を指導することはできず、元プロ選手から学生野球の指導者になるケースは極めて少なかった。



 ところが2013年にこのルールが緩和され、学生野球資格回復のための研修を受けるだけで指導が可能になったこともあり、近年では元プロ野球選手の指導者も増加傾向にある。そこで今回は、高校野球の指導者として手腕を発揮している元プロ野球選手を紹介したいと思う。

 実績という意味で既に一歩リードしているのが東海大菅生の若林弘泰監督(元中日)だ。ルールが緩和される前の2009年から監督を務めており、それ以前の2年間は指導資格回復のために野球には関わらずに教員としての生活を送っている。監督就任後もしばらくは日大三や早稲田実などの強豪チームを前になかなか地方大会を勝ち抜けずにいたが、2015年秋には勝俣翔貴(現オリックス)を擁して東京都大会を制して翌年の選抜大会に出場。2017年夏も西東京大会を制し、甲子園でもベスト4進出を果たしている。

 元投手出身の監督ということでピッチャーの育成には定評があり、一人のエースに頼ることなく複数の力のある投手を揃えて勝ち抜くスタイルが特徴的だ。2017年のチームも高校生では上位の力を持つ投手が在籍しており、当時2年生だった戸田懐生は独立リーグを経て今年のドラフトで指名(巨人育成7位)を受け、3年生だった松本健吾(現亜細亜大)と山内大輔(現武蔵大)は大学でも主戦として活躍している。今年の秋も東京都大会で優勝を果たしており、来年春の甲子園出場は濃厚だ。

 就任からわずかな期間で結果を残しているのが智弁和歌山の中谷仁監督(元阪神など)だ。現役時代はドラフト1位でプロ入りしながらも不運な怪我などで大成することはできず、2012年に現役を引退。ブルペン捕手などを経て2017年に母校である智弁和歌山のコーチに就任した。

 当時の智弁和歌山は出場した甲子園で3大会連続の初戦敗退と一時の強さに陰りが見えてきた時期だったが、中谷のコーチ就任が起爆剤となって翌年春の選抜では準優勝と見事に復活。2018年秋に監督となると、2019年春は甲子園ベスト8、夏は3回戦敗退も奥川恭伸(現ヤクルト)を擁する星稜と延長14回タイブレークの大熱戦を繰り広げている。甲子園歴代最多勝を誇る高嶋仁前監督の後を引き継ぐのはかなりのプレッシャーがあったはずだが、その中でこれだけの結果を残しているのは見事という他ない。

 以前の智弁和歌山はとにかく強打というイメージが強かったが、中谷がコーチに就任してからのチームは投手陣や守備もかなり鍛えられているように見える。また、昨年のドラフトでは黒川史陽(楽天)、東妻純平(DeNA)、今年のドラフトでは細川凌平(日本ハム4位)、小林樹斗(広島4位)と続けてプロにも人材を輩出している。細川にはショートに挑戦させ、小林にはエースながらあえてリリーフとして登板させるなど、目先の勝利だけではなく、選手の将来を考えた起用も目立ち、育成と勝利を両立させようという姿勢が感じられるのも特徴的だ。

 智弁和歌山と同じ近畿でしのぎを削る天理の中村良二監督(元近鉄・阪神)もプロ野球経験のある指導者だ。1997年に現役引退した後は長く中学生の指導に携わり、社会人クラブチームのコーチを経て天理大の野球部監督に就任。2013年にはチームを大学選手権出場に導いている。2015年8月に天理高校の監督となると、2017年夏には甲子園ベスト4に進出している。天理も春1回、夏2回の優勝を誇る強豪ながらここ数年は智弁学園に押されている印象が強かったが、中村の監督就任後にまた強さを取り戻してきた印象を受ける。

 中村監督はある程度細かいところには目をつぶって、選手の良さを引き出そうとしているのが特徴的だ。現在のチームでも達孝太という長身の好投手や、長打力が魅力の選手を複数人揃えているが、高校で高い完成度に仕上がるというよりも、その先で大きく花開くようなタイプに見える。このあたりは中学野球に長く携わってきた経験が生きているのではないだろうか。

 他にも今年夏の交流試合に出場した鹿児島城西の佐々木誠監督(元ダイエーなど)や、常総学院で今年から監督に就任して秋の関東大会準優勝に導いた島田直也監督(元横浜など)などが結果を残し始めている。佐々木監督、島田監督などはプロでも実績のある選手だったが、先に紹介した三人の監督は選手としての実績があるわけではなく、逆にそれがプラスとなっていることもありそうだ。名選手がそのまま名監督になるわけではないが、今後もプロでの経験を生かして指導者としても大成するケースが出てくることも期待できるだろう。(文・西尾典文)

●プロフィール
西尾典文1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。